ひとりがたり

日常のもの・こと・妄想など

83.雨垂れ

俺が壬原千郷の魂を抜き取り元に戻してから、彼女には変化はなかった。いつも通りの壬原千郷がそこにいる。
「秀ちゃん、明日雨だって・・・一緒にいれないね」
携帯で天気予報を見ていた千郷が、空を見上げるのにつられ俺も空を見上げた。
千郷は毎日帰りに天気予報を確認するのが日課になっている。
「うーん、どうだろう、俺の感だと降らない気がするんだけどなぁ・・・ほら、だって目の色、変わってないだろ?」
千郷の方を向く、俺の目をのぞき込む千郷の目が笑っている。
「うん、綺麗な黒、じゃ、大丈夫かな・・・明日傘持って行かなくても」
「ここ何十年か天気はずしたこと無いんだ」
俺は笑う。本当に何十年か天気予報をはずしたことはない。
「もう、何十年って・・・本当に、本当に、まったく、秀ちゃんはいったいいくつなんですか?」
ぷに、と千郷のほっぺをつつく。
「忘れちゃったよ・・・そんなこと、だいぶ前に死んでるし、死神になってるし・・・あまり覚えておきたくない、うん、やらかい」
ニッと笑う。
「本当は覚えてるくせに・・・まぁいいや、ねぇ、じゃ明日映画いこ?」
急に目の奥が疼き出した。雨が降る兆候。
「あぁ、駄目だ、明日やっぱり雨降る。ごめん千郷」
興味深げに、千郷は俺の目をのぞき込んだ。
そして、背伸びをして頭を撫でる。
「よしよし、残念だけど、湖の深いところの色みたい、ねぇ、秀ちゃんの目の色って、あの滝壺にそっくりな色。とても綺麗、死に神の目の色って、何でそれぞれ違うの?」
明日の映画は諦めたらしいが、興味が死神にうつってしまい俺は苦笑した。
「・・・魂の色なんだ、千郷の魂は写真で見た地球みたいな綺麗な青、ただの青じゃないんだ、ガラス玉のような、透明感のある青、吉田鈴美の魂と同じ色けど、もっと透明感がある」
「へぇ、じゃあ、秀ちゃんのに負けないくらい綺麗な色をしてるんだね。それと、前に出逢った赤い目の死神君は?あの子はそのまま赤なわけ?」
鈴美は雲に沈む太陽を見つめる。太陽に照らされて雲の縁が金とオレンジに光っている。
「そう、燃えるように赤い、紅と言うのが正しいのかもしれない、色には詳しくないけど・・・血のように赤い瞳、あいつのも、とても綺麗だ・・・まぁ、あまり気にせずに、明日は多分雨になるからあまり出かけない方がいいかもしれない」
千郷の手の甲に唇を寄せる。
「じゃ、また雨が上がったら」
俺が手を振ると、ぽーっとした千郷が玄関先で手を振った。

雨垂れの音で目を覚ました。
ゆっくりと瞼を開く。死んでいるのに眠るなんて馬鹿みたいだと想いながら、昨日は眠りについた。
最初にこの目の色を見たときに、俺は悪魔か何かになってしまったのだと思ったが、やがて悪魔よりも質の悪いものだと言うことに気づいた。
そして、何故このような姿になったのか見当も付かなかった。そして、自分の名前も満足に思い出せない。ただ、思い出せるのは、(真下秀)のことだけだった。
さらに、この瞳で一番最初に見た景色と言えば、教会で血まみれの自分を抱きしめている弟の姿だった、大切な物を何一つ守れなかった自分に憤りを感じた。
それ以上に、大切な物の手を汚すことになってしまった自分の非力さに腹が立った。
どんな姿にしろ、この世に存在していること自体間違っていると、そう感じている。
建物の外に出ると、雨。
傘から雫を垂らしながら人間が行き交っている。
人間に、今の自分の姿は見えない。
死神と言っても幽霊とかわりのない姿。
俯いてあるって居たら、誰かにぶつかった・・・誰に?俺はぶつかった相手を見上げた。
「真下秀」
声を上げる。
良く覚えている、何故かあの男の側にいた死神、あの男って・・・誰だっけ?
俺によく似た男だ。
真下秀の唇が動く。
「君は・・・なまえ・・・しらないのか?・・・きみは・・・・・・・・・・はる・・・・」
混乱する。
声が聞こえなかった。
生きてる頃と変わらない、頭がおかしいんじゃないかって思う。
死んでいて頭なんてあるのか?
死んでるつもりで生きてる?
俺は、ハル?
頭がくらくらする、倒れそうだ、いいやこのまま消えて無くなっても。
倒れそうになったとき、誰かに支えられた、真下秀だ。
この、青緑の瞳をした死神は、俺に優しく微笑んでいた。
いったい何を考えてんだ、俺は・・・死神殺しの死神・・・ハル。
自分で決めた名前を反芻していた。
暗闇の中で何度も。