ひとりがたり

日常のもの・こと・妄想など

89.みえない

教会の綺麗なステンドグラスの下で、あいつは今も眠っている。

あいつが死んだ。
それがすべてだ。
俺がそこに着いたとき、そいつは木製の床に真っ赤な血をしみこませてかすかに笑っていた。
白いシャツが真っ赤に染まっている。
体中から血を流し、白い肌が赤く染まっていた。
いつも俺をからかうその顔も、今は苦痛をこらえることで精一杯だった。

「・・・・・・見えない」

あいつは、俺の頬を触りながら呟いた。

「兄貴・・・・・」

俺の声を聞いて、安心したのか、かすかに笑う。

「初めて、兄貴って、呼ばれた・・・・・・これから死ぬのに」

また、笑う。
あいつは、死を前にして笑っていた。まるで、そうなることを何年も覚悟してたみたいな、そんな余裕がやつにはあった。

「死ぬとかいうなよ!!俺、まだ、あんたに貸しが・・・」
「許して・・・ごめん・・・」

苦しそうにせき込む、血、血だ、真っ赤な血が唇から流れ落ちる。苦痛に歪むあいつの顔。

「死んだら、許さない!!何言ってんだよ、何で、あんたが、ここで死ななきゃならないんだよ」

しかし、返事はない。
苦しそうな息づかいだけが、弱々しく俺の耳に届く。

「神様なんて・・・いな・・いんだ・・・」

うつろな瞳に涙を浮かべて、十字架に掲げられた人型へ向け、手を伸ばす。その間にも、あいつの体からはどんどん、血が抜けていく。
俺は、あいつの体を抱きしめる。
あいつの血は、暖かかったが肌はまるで氷の様に冷たくて、死がすぐそこまで来ているのを実感した。

「兄貴!兄貴ぃ・・・いくらでも呼ぶから、死ぬなよ、死ぬんじゃねぇよ!!」

彼が笑う、
涙が頬を伝って
息が止まって、
心臓が止まって、
重たくなった体は
俺を観ていない。
兄貴、見えないよ。
見てくれよ、
今更、死ぬなよ。
何が見えるんだよ、そこは。
笑うなよ、悲しいのに。
あんたがこの世から消えることが、こんなに悲しいなんて思わなかった。
あんたの血が、こんなに冷たいなんて思わなかった。
何で、あんたが殺される必要がある。
父さんは、何であんたを殺した?
あんたは、父さんに少しでも致命傷を与えられた?
何で、憎しみあうんだ。
なんで、なんで!!

そこには何もないのに・・・。