ひとりがたり

日常のもの・こと・妄想など

1.クレヨン

「松谷さん、こんばんわ」

彼はパソコンの画面から目を離し、私を見つめた。焦げ茶色の髪と瞳は、モニターの光で怪しく光っていた。
彼はけだるそうに、ワンテンポ遅れて返事を返す。

「で?今日はどうしたんだ?」

私は、彼の頬に手を添えた。

「今日は、いつもとは違う用事よ。あなた個人的に用事があったの」

彼はコーヒーをカップに注ぎながら、ちらりと私の方を見た。疑惑ありげな瞳で、私を見て、彼はまたコーヒーカップに視線を変えた。

「個人的にって?おねーさんぼくとヤりたいの?」

彼はけらけらと笑うと、私の前にコーヒーカップを置いた。さらに、角砂糖とミルクが乗った皿を後から持ってきて私の前に置いた。
私は、彼のジョークにほほえみを浮かべ、コーヒーカップに口を付けた。

「いっつも思ってたんだけどさ、おねーさん何でぼくを見るときそういう目、するの?ちょー色っぽくて好きだけどさ、誰にでもそういう顔するの?」

彼はコーヒーにたっぷりとミルクを注ぎながら、悪戯っぽく笑った。

「えぇ、誰にでもそうかもしれないわ。そんなことはいいから私の話を聞いてくれる?」

彼はコーヒーに口付けながら、うなずいた。

「サックスレリオットがね、最近仕入れたんだけど、あなた買い手見つけてくれない?」

私がそういうと、彼は手に持っていたコーヒーカップをテーブルに起き、ペンとメモを机まで取りに行った。

「で?物は何だ?」

さらさらと彼はメモを取る。最近の若者にしてはしっかりした綺麗な字を黄色いメモパットに細かく書き込んでいる。

「クレヨンよ。」

彼はメモ帳に滑らせていたペン先を止めて、私を見つめる。

「まさか?クレヨン?はっ、嘘だろ?彼はクレヨンごときを盗みに危険を冒したのか?」
「えぇ、そうよ・・・そのクレヨンただのクレヨンじゃなもの」

彼の目をのぞき込み七が自信ありげに答え、私は微笑を浮かべた。

「で?どんなクレヨンなんだよ。勿体ぶらないで教えてくれないか?あんたとサックスが組んで盗む程だって事はスゲー代物って事だよな?」
「えぇ、このクレヨンが一般人の手に渡ったら、世界がひっくり返るんじゃないかしら・・・・・・」

渠は眉間にしわを寄せ、少し考えるようなか顔で私をみつめた。私はかまわず話を続けた。

「今回手に入れたクレヨンは名もない画家が使っていた物なんだけど、使い方次第でこの世にある物すべての色がわずか5色で表現できるのよ。業界では有名だわ、魔法のクレヨンって・・・あなた知らない?ローレイン・マグダスのクレヨン」
「あぁ・・・聞いたことはあったな、けど、本物に出会うのは初めてだ。で?幾らぐらいが望みだ?ぼくとしては、そのクレヨンを売る当ては幾らでもある。ローレインのクレヨンを欲しがってる奴は腐るほどいるからな!」
「120万リズってとこかしら?日本円でも、ドルでもいいわ。リズの方がこの町で使うにはいいのだけれど、まぁ、そんな大金早々用意できないでしょ?とりあえず、リズに変換して120万分あればいい。」

彼は顎に指当てる、こう見ると大人にしか見えないのに、彼はわずか15かそこらのどこにでもいる少し裕福な中学生なのだ。

「じゃ、ここにサインして、明々後日午後21:00ちょうどお客を連れてここにいるから、おねーさんもここに、品物を持ってきてくれ金だけ持ってトンズラなんて考えないで欲しい。ぼくはまだ死にたくないんでね。」

私は、契約書にサインして彼に差し出した。換えは契約書の写しを私に渡すと、席を立った。

「サックス、元気にしてる?俺、最近会ってないから・・・それと、菊月」

彼は契約書を金庫にしまうと再び元の場所に座り、コーヒーを一気に飲み干した。私は彼を見つめて優しくほほえんだ。

「えぇ、元気よ。サックスはともかく、菊月は特にね。彼は一段と口が悪くなってるわね、今日なんてサックスに強制的に人格交代させられてたわ」
「ぼくは・・・サックスよりも、菊月の方が合うな。サックスは、ぼく、苦手なんだ。」

私はほほえんだ、彼の考えも理解できる。サックスといったらいつも口にはほほえみをたたえ、何を考えているか解らなかった。そして、この前だって勝手に計画の一部を変更して、いちいち自分の姿をばらすような仕事をした。
本当に、何を考えているか解らないのだ。

「そう・・・じゃあ私、そろそろ行かなくちゃ」
「あ、うん。じゃあ、明々後日21時にここで・・・」
「えぇ」

私は彼の部屋を出ていった。

3日後21時

「では、品物の方こちらです。120万リズお出しください。」

彼は男に促すと、男は黒いアタッシュケースから小切手120万リズを取り出した。私は手早く受け取り、男にクレヨンを渡した。
男はにやにや笑いながら私をいやらしい目で見つめた。

「アリスさんはこのクレヨンのおまけで付いてこないのかな?」

私は頭にきたが、にこやかに言葉を返す。

「あら、オルフィス氏ったら、このクレヨンをキャラメルかなんかと勘違いなさって?」

この言葉を聞いて、松谷が間に入った。

「お二人とも、無事、取引を終えたことですしケーキでもいかがですか?お口に合うかは解りませんが・・・」

私は口を閉ざし、彼に向かって、そうね、とつぶやいた。実際テーブルには綺麗なチョコレートケーキが切り分けられていた。
そして、私とオルフィス氏がケーキを口に運ぼうとした瞬間、松谷宅のドアが開き、サックスレリオットが入ってきた。

「オルフィスさんですね?あなたはこのクレヨンのもう一つの効果を知っていますか?」
「さぁ・・・知らないな、5本で世界中の色を表現できる、という事以外にもう一つ何かあるのかね?あるのなら教えて欲しいな。」

彼はオルフィスを見つめほほえんだ、が、瞳は笑っていなかった。

「まぁ・・・そのケーキを食べてからにしませんか?時間はたっぷりあるのですから・・・」

彼はオルフィスに促すと、自分も席に着きオルフィスがケーキを食べるのを見つめた。
オルフィスがケーキを食べ終わるのを見届けると彼は口を開いた。

「このケーキには、クレヨンが入っています。そして、あなたはそのもう一つの効果を身をもって体験することになる。この意味、おわかりですか?」

彼は不敵にほほえんだ。私は、幸い彼の登場でケーキを一口も口にしていなかった。彼が何かを促すときは、考えがあると知っていたからだった。
男は首を横に振った。顔が青ざめ、目が充血している。

「おわかりにならないようですね、それなら、僕からご説明いたします。このクレヨンは魔法のクレヨンであると同時に、遅効性の毒薬でもあるのです。遅効性ということは、貴方はとても苦しい思いをするでしょう、おそらく、地獄の苦しみというのを体験するかもしれません。僕はそれを試したかったのです。だから松谷君に協力してもらって、貴方で試させてもらいました。」

男の息が浅く、早くなっていく。顔はまるで銅像のように茶色く目はまるで死人のように黄色くよどんでいた。

「まだ、動けるでしょう?貴方にここで死なれては迷惑なので、移動します。貴方には、もっと苦しみを味わってもらわなくてはならないのですから。」

男は何か言いたげに口をぱくぱく動かすが、そこからは奇妙な音で空気がしゅーしゅーと漏れるだけだった。

「松谷君も、手伝ってください。オルフィス氏を彼の会社まで連れて行きます。」


かくして私たちは殺人を犯した。この事件が、私と、松谷君の運命を変える出来事だと言うのはまた他の話になる。