ひとりがたり

日常のもの・こと・妄想など

羽の生えた猫

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その、真っ黒な老ネコの背中には、天使のような白い羽が生えていた。

そのネコは前から家の近所をうろついてるネコで、ぼくは勝手に「くらのすけ」と名付けていた。
紅い首輪をしていたので、どこかの飼い猫かもしれなかったが、外ネコなんてその場その場で名前が違うもんだ、だから、ぼくは「くらのすけ」とよんだ。
くらのすけは、毎日決まった時間つまりぼくが学校から帰る時間に必ず空き地で身繕いをしてる。
一通り身繕いが終わると、ぼくをしばらくにらみつけるように、その金色の目で見つめてゆったりとした足取りで、誇らしげに羽としっぽをぱたぱたさせながら近くの家の庭に入っていく。
ぼくはくらのすけの行動範囲やくらのすけの本当の飼い主が気になって、夏休みにくらのすけの行動を観察したことがある。
けれど、やはりその空き地で身繕いした後から見失ってしまった。
くらのすけを捕まえようとしたけど、くらのすけは老猫のくせに、とても逃げ足が早い。
あの羽で空でも飛べるんだろうか?
今日もくらのすけは、ぼくをじっとにらみつけた後、いつもの家に消えた。


朝学校に行くとき、いつもくらのすけが入っていく家の玄関が少しだけ開いていたので、ぼくは被っていた帽子のつばを後ろに回してそっと覗いてみた。
すると、中から、女の人が出てきてぼくはびっくりして叫んでしりもちを付いてしまった。

「だ、大丈夫?」

若い女の人、とてもかわいらしい声だった。
ぼくは、しりもちを付いたのと叫んだので少し恥ずかしくて、顔が紅くなってしまった。

「大丈夫です」

確か、そう答えたと思う。
転んだ拍子に落ちてしまった帽子を女の人が拾ってくれた。
にっこり笑う。
僕はまた頬が熱くなる。

「あ、ありがとうございます」

帽子を握りしめて、お辞儀するぼくに女の人は手を振った。
それをくらのすけが見つめていた。
くらのすけはこの家の猫らしい。
くらのすけはぼくと目が合うと「にゃー」と鳴いた。
まるで、あれは俺の女だと言わんばかりに、ぼくを金色の目で睨んでいた。


夕方、友達と遊んだ帰りにまた、あの女の人と会った。
くらのすけと猫じゃらしで遊んでいた。

「あ、あのこんにちは、くら・・・じゃない、えっと・・・その猫」

ぼくは勇気を出して、女の人に声をかけた、声が少し裏返ってしまった。

「この子?シロって言うんだよ、黒いのにシロでも、このこ外猫だから他にもたくさん名前が有るみたい」
「ぼくは、くらのすけって呼んでました」

女の人は苦笑する。

「この子、女の子なんだけどなぁ」

今度はぼくが苦笑する番だった。

「実はね、両親にも笑われたんだけど、私が小さい頃は、この子に羽根が生えてたんだけど、大人になったら見えなくなっちゃった」

ぼくははっとする。
ぼくには確かに、くらのすけの背中に根が生えているのが見えているのだ。
くらのすけの背中に手をかざす、しゃがんで羽根が見える部分に触れるとやはり羽根の感触がした。
くらのすけは、ぼくが羽根を触るとぼくをにらみつけた。
けれど女の人がくらのすけのあごの下を撫でると、目を細めてゴロゴロと気持ちよさそうにしている。
少し嬉しそうにしている女の人のよこで、ぼくは立ち上がる。

「おかしくなんてないです、ぼくにもくらのすけに羽根があるの、見えます」

くらのすけは、少しは根をぱたぱたさせた。
そして、にゃーと鳴き、後ろ足で首輪の辺りをぱりぱりと掻いて、ぼくを見つめた。
何か言いたげな表情をしている。
けれど諦めたらしくふいと、そっぽを向いて寝そべってしまった。
女の人は、丸くなって寝そべっているくらのすけの頭を撫でながら、笑った。
「本当は、シロは白い羽根が付いてるからシロって名前にしたの、誰も信じてくれなかったけどね」
ぼくも笑った。
くらのすけは、少し頭を上げて、またにゃーと鳴いた。