５７．熱海（あついうみ）

海に転げ落ちた。
高い断崖の上から、真っ逆様に転げ落ち、突き出した岩に当たりバウンドしながら海に沈んだ。
多分、僕は死んでいる。
海が異様に熱かった。
傷口に塩を塗り込んでいるような感覚、熱湯をかけられたような感じ。
何とも言えない、とにかく、熱かった。
眼球が飛び出して、空洞になった目を開く。
いや、これはたぶんの話だから、実際目を開けたら、月明かりで輝く水面が頭上に見えた。
辺りはかすかに明るく、魚たちが、すやすやと岩陰で眠っているようだった。
僕は、もぎ取れてしまったかもしれないぶらぶらの腕を思い切り振り回して、海中を進んだ。
やっぱり、熱い。
背泳ぎの状態で海中を進むと、僕の引きちぎれた体の一部が浮遊していた。
やはり、僕は死んだらしい。
もう、そんなこと、あまり関係ないけど。
僕の心臓と思われる部分に触った。
また、海が熱くなる。
海が、沸騰しているみたいだ。
いや、僕の目には実際に沸騰しているように見えた。
ぶくぶくと泡だって、まるで、鍋のそこのようになっている。
合わせて、僕の破片も、海面へ浮上する。
僕も、浮上する。
なぜ、僕は死んだのだろう。
がけの上から飛び降りた理由はなんだったんだろう。
何も覚えていない。
思い出せない。
僕は海面から泡によって放り出された。
気が付いたら、僕が落ちたがけの上に立っていた。
僕にそっくりの人間が崖の下をのぞき込んでいる。
僕は、そいつの背中にそっと手を添え力を込めた。
そいつは、前のめりに倒れて僕と同じように岩に当たってバラバラになりながら、海に落ちた。
僕はそれを見つめている、奴と同じように崖の下をのぞき込んだ、そして、背中にてのひらの感触。
前のめりに倒れて、
海に転げ落ちた。
高い断崖の上から、真っ逆様に転げ落ち、突き出した岩に当たりバウンドしながら海に沈んだ。
多分、僕は死んでいる。
海が異様に熱かった。