ひとりがたり

日常のもの・こと・妄想など

99.ラッカー (アレックス・小松・ブラウンと松島楚良)

「女に男の名前か・・・」
女を後ろ手におさえている男が呟く、もう一人の男は女の鞄を無造作に漁り、女の社員証から名前を呼んだ。
「アレックス・ブラウン・・・ファミレスのウェイトレスか・・・」
「もういいでしょ、さっさと放してよ!!」
アレックスという名前の女の叫び声に、男がにやり、と笑う。
そうはいかない、と言う笑みである。
「チクショウ」
女が叫ぶ。
男はアレックスの服の胸元に手を突っ込み、引きちぎる。
その間もアレックスは考えつく限りの罵声を男達に浴びせ、暴れた。
「あーもう、めんどくさいなぁ!!」
かってに盛り上がる男達の頭上から、何かが振ってくる、それは、人間だった。
「キミタチ、そのこを解放しなさーいっ、さもなければ僕は実力行使にでる」
「は?」
と一言言ったきり、男達はその人間を無視して再び女に襲いかかった。
「まったく、何でこの街はこういうお馬鹿ちゃんばっかり溢れかえってんだろうね、」
無視された人間は、ため息をつき刀を抜いた。
アレックスが怯えた目で、刀の切っ先を見つめていた。
「大丈夫、今、片づけるから」
低い声でそう言うやいなや、刀で男達を斬りつけた。
男達のうめくような叫び声、指があったであろう箇所から飛び散る液体はまるでラッカーから噴射される塗料のようだった、真っ黒な着流しの男は満月を背に刀を朱塗りのさやに収めている。
「小松!はしれっ!!」
「へ?」
男はアレックスの手を取り走り出す。
さっきまではいていたピンヒールはとうに脱げている。
裸足のまま、アレックスは男に引かれ、ままなすがままはしっている。
「あ・・・あの」
アレックスはやっとの事で走る男の横顔に話しかける。
「何だよ、まったく女みたいなかっこしてるから小松じゃないと思ったじゃないか」
先ほどの場所から2ブロック先の路地裏にあるアパートのドアをくぐる。
赤い煉瓦が印象深い。
「ほら、大丈夫、ここ俺んちだから」
にこり、と笑う男の促すままアレックスは男の手渡す濡れタオルを手に取るとしゃがんで足を拭いた。
男を見上げる。
「あの・・・あたしは確かにアレックス・コマツだけど、あなた私のこと知ってるみたいですけど、どちら様ですか?」
男はきょとん、としていまにもマグを落としそうだった。
「えぇ?お前、覚えてないのか?俺だよ、俺、松島、松島楚良(まつしまそら)ほら、小中学校の頃よく遊んでたじゃん」
アレックスはタオルを持ったまま松島楚良を見つめた。
必死で思いだしているといった様子である。
「あぁ!!思い出した。侍だ!!何だ!久しぶり」
松島にもやっと笑顔が戻る。
「やっと思い出してくれたか!!俺もさ、顔見るまでわからなかったよ、いや、ほんとに女らしくなっちゃって・・・あの頃は完璧男子だったのになぁ・・・」
松島はアレックスを上から下まで見つめた。
「侍も格好良くなったじゃない、あの頃は線の細い女の子みたいな美少年だったのに」
今度はアレックスが松島を上から下まで見つめた。
「うん、お互いに変わったな」
「うん、変わった、あたしなんて、最近ちゃんと戸籍上女になったんだから」
アレックスが笑うと、松島も笑った。
そして、ぶしつけに胸をつつく。
「あ、ほんとだ・・・」
「相変わらず侍はえろいのね・・・だから本物の女がよらないんじゃないの?」
松島はぷっとふくれる。
「失礼なやつだなぁ・・・こんな仕事してるから女なんて作らないの、刀使う殺し屋なんて最近滅多にいないから珍しいらしくって、毎日引っ張りだこだよ・・・小松、先風呂はいってきて良い?さっきのやつの血の匂いが臭くてかなわん」
アレックスはにこやかに手を振った。

続く