ひとりがたり

日常のもの・こと・妄想など

18.ハーモニカ

銀色のハーモニカがある。
よくあるタイプなんだけど、私はこの音が一番好き。
はじめて聞いたのは、私があの人にあったとき。
あの人は川辺で頑張って、誰かの音楽のハーモニカ部分を一所懸命練習してたみたいだったけど、どうしても同じ場所でつかえる。
私は、其れを見てた。
うとうとしながら、其れを聞いていて、あたしはあの人の許に舞い降りた。
・・・と、言うか落ちちゃったんだけどね。
それから、しばらくあたしはあの人の家に居候することになった。
「笹川健治。」
「フルネームで呼ぶなよ」
彼は、ソファに横たわったまま、けだるげに言った。
機嫌は悪くない。
「あたしね、悠崎さんに帰ってきなさいって言われたの」
「神様に?絶対やだ・・・っていっといてよ」
表には出さないけど、健治は結構ショックを受けてる。
あたしは、少し嬉しいような、悲しいような気持ちになる。
「神様の悠崎さんが言うならしょうがないよ、あたしのパパだし。」
「じゃあ、俺も付いていって良い?つか、無理?」
健治は、あたしのフラミンゴ色の羽を優しく撫でた。
あたしのこの、天使の羽がなければ、幸せに暮らせるのに。
「ねぇ、イリエ俺の声って、神様にも聞こえてるんでしょ?」
「うん」
あたしは俯く。
悠崎さんはきっと、また笑ってる。
変な、彼氏だって。
「悠崎さん、イリエの事持ってっちゃだめ、俺のだから。でも、俺も、悠崎さんの所に行っていい?」
空に向かって叫んだけど、返事は意外なところから帰ってくる。
「君は馬鹿ですか?」
健治とそっくりの顔に笑顔をたたえた、黒服の神様。
悠崎さんはあたしと彼を観た。
「馬鹿って・・・何でだよ」
ちょっと怒った風に、健治が言うと、悠崎さんはにっこり笑う
「イリエと僕の所に来るってことは、人間である君は死ぬしかないよ。だって、僕とイリエが住んでるところは天国だもん」
「あ・・・」
「パパの意地悪」
あたしは少し怒ったように、悠崎さんに言った。
悠崎さんは少し怒ったような困ったような顔をして、にやり、と笑った。
「神様である僕に、不可能はないんですけどねぇ・・・ただ、ちょっと、条件があるんですよ」
「条件?」
あたしと健治がはもる。
そして、顔を見合わせる。
悠崎さんは、二人の動作に笑いをこらえきれなかったみたい。
「ほら、神話を知らないですか?神様の世界に行けるのって、大体音楽が出来るか美少年美女ですよ・・・」
「・・・だいじょぶだ、俺って美少年?みたいなぁ?」
悠崎さんがスリッパで度付いた。
あたしははらはらしながら其れを観てたけど、健治はちょっと嬉しそうだった。
「じゃ、俺にどうしろと?」
「イリエが落っこちるほどの腕のハーモニカがあるじゃないですか、其れを、1週間で完璧にマスターしなさい、曲は何でも良いから」
悠崎さんは、からかい半分にハーモニカって言った。
こういうところが腹が立つ。お世辞にも健治のハーモニカは上手いとは言えないし、一週間でなんてとても無理。
あたしは健治を見つめた。
「よし、分かった」
健治はハーモニカを手に持った。
あの時吹いていたハーモニカだった。
銀色のふつーのやつ。
悠崎さんは笑って、消えた。

健治は来る日も来る日もあたしのために、ハーモニカを吹いていた。
やっぱり、あんまり上手くない。
けど、吹いてた。
そして、一週間後。

「悠崎さん、聞いて俺、マスターした」
やっぱり、神様は神出鬼没だ。
誰も居なかったはずのソファの影からひょっこり姿を現す。
「そんな大きな声で呼ばなくても、僕は呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん、だよ。で、ハーモニカ、マスターしたの?」
「おうよ!!」
威張った顔してるけど、あたしが聞く限りではあまり進歩してない。
息を吸い込み、ハーモニカに吹き込む健治。
音が、透き通った音が、満ちる。
流れるように、一曲終わった。
「どうだ!」
「下手・・駄目、それじゃつれてけないけどぉ・・・良いだろう。僕のそっくりさんに免じて連れて行ってやろうただし、条件が・・・」
「何でも条件付きかよ!!」
健治が言うと、悠崎さんはにっこり微笑む。
「簡単さ、僕のまねをしながら物まね紅白にでてくれればいい。神様の世界のね。」
あたしと健治はため息を付いた。
きっと、神様の仕事ってこんなのばっかりなのかもしれない。