ひとりがたり

日常のもの・こと・妄想など

16.シャム双生児

「菊月を消滅させると、本体の菊野香月も消滅してしまう。だから、今現在彼を消滅させるのは無理、本体がいなくなれば、あなた達もバラバラになってどうにもならなくなってしまうから」
アリスは、サックスにそう告げると何かを紙に記した。
サックスは、優しい手つきでアリスの紅毛に触れる。
「何で、菊月が消えると、香月も消えてしまうの?」
「それは、二人がシャム双生児みたいにくっついてる人格だから。無理矢理引き離せば、両方とも死んでしまう。君みたいに独立した人格なら良いのだけれど、人格が形成される段階で、二人はお互いに引っ張り合ってしまった。その結果がこれよ」
アリスは悲しそうに、言い、サックスの手を握る。
「あたしだって、本当は、貴方一人だけになって欲しいの。貴方の顔で、あたしに悪態つかれるととても悲しくなるし、貴方だって、いやでしょう?他の人間が自分の体の中に、何人もいるなんて」
「そうだね、確かにとても煩い。自分の後ろでずっと喋ってる。自分以外の誰かが。そいつらはみんな知ってるわけじゃない。みんなを知ってるのは僕だけ。ねぇ、アリス、何とかならない?僕以外を消滅させる事って出来ない?」
サックスの問いかけに、アリスは首を横に振る。
サックスは悲しげにアリスを見つめ、彼女に背を向けた。
後ろに、松谷陽一郎が立っていた。
「アリスと、えっと・・・・」
「サックスだ」
「サックスは、また二人でいちゃついてたの?僕、明日の仕事について聞きに来たんだけど、取り込み中だったらまたしばらくしてから来るけど」
陽一郎は、入ってきたばかりのドアを開き外に出ようとする。
「待って、」
とアリスが陽一郎を止めてサックスは、アリスと向かい側のソファに腰掛けた。
陽一郎は、アリスの隣りに座る。
サックスが、ゆっくりと目を瞑っていた。
「じゃあ、僕の・・・」
「よう、陽ちゃん、久しぶり」
向かいの席に座っていた、サックスがいきなり陽一郎に声をかける。
陽一郎は、なれた風に彼に笑顔をむける。
「久しぶり、菊月。しゃばは何日ぶり?」
「一月半ぶりぐらい、本当にサックスの野郎。頭に来る。この前ちょろっと俺がミスしたぐらいで、俺のこと一ヶ月半も表にださねぇんだぜ、頭がいかれてやがるよ」
一通り悪態をつくと、机の上に広げられた図面に目を向ける。
菊月(きつくき)。
彼は、サックスと同様菊野香月の中の人格のひとつだ。
菊野香月はいわゆる多重人格障害。彼の中には彼以外に7人の人格が同居している。
それもこれも、彼が子供時代に巻き込まれた事件の後遺症なのだが、その話は、また、別の話になる。
「でも、今回は君に渡した。ってことは、菊ちゃん久々に俺とタッグ組めるね!!スゲー久々で緊張するんだけど・・・」
「そんなに喜んでもらえると、俺嬉しいんですけど」
菊月は、にっこり笑いながら肩をすくめる。
でもって・・・と、陽一郎が図面の一点を指さした。
「ここが今回のゴール地点、サックス、いや、菊ちゃんにはここから進入して、このゴール地点まで向かってもらう。非常警報とか、防犯装置の制御盤系統の操作は僕に任せとけば何にも問題ないから、大丈夫。民間レベルのじゃ、チョロいもん」
「さっすが、陽ちゃん。陽ちゃんに任せとけば何でも盗めるよ」
二人で笑い合う。
「で、あたしはどうするの?」
「アリスは、僕の側で、モニタ見ててくれれば大丈夫。今回はそんなにセキュリティ厳しくないし、何か以上があったら教えてくれればそれで良い、ただし・・・」
そこで、言葉を切りまた、図面を指さす。
「もし菊ちゃんがピンチになったら、ここと、ここのビデオカメラには特に注意して。絶対、警察はこことここのビデオカメラに写るから、僕の読みがはずれなければね」
「了解」

一通り、ミーティングが終わると陽一郎と菊月は二人空の狭いベランダでアルコールを補給した。
陽一郎も、仕事の前日はこのオフィスに泊まることにしていたので、何も問題ない。
「ねぇ、陽ちゃん、サックスが俺のことを消そうとしてるんだ。だけど、俺と菊野香月はシャム双生児のようにくっついてるから無理なんだって・・・だけど、あいつは、サックスは、俺のことを無理矢理消そうとしてる。」
「僕も、サックスは苦手だけど、まさか其処までしようって考えてたんだ。つくづく訳の分からない奴だ」
「俺は、要らない人格なんだろうか?」
「必要だから、生まれたんだろう?」
「だって、サックスは、要らないって言ってた」
「あいつの言うことは気にするな、あいつはいかれてる」
「おれだって変わらないさ」
菊月はアルコールを息に飲み干すと、窓から部屋に入っていった。
陽一郎は、そのまま狭い空に輝く少ない星空を眺めていた。
シャム双生児か・・・やっかいだな」
彼はつぶやきコップの中身を飲み干すと、菊月の後を追った。