ひとりがたり

日常のもの・こと・妄想など

41.雨の日

あの日雨が降ってきて、気がつけば俺は空を見上げたまま其処に立っていた。
殆ど記憶がない。
多分、今の自分の目の色は透き通った深い青緑色。
死神の証。
何も、考えられなくなる。
あの時だって、そうだった。
何人も殺して、何人も自分の糧にした。
駅前で、雨に濡れたまま突っ立っていると、女が声をかけてきた。
「ねぇ、大丈夫?」
「さぁ・・・」
曖昧に笑うと、女は俺の手を取り歩き出す。
「綺麗な目の色・・・うん、本当に綺麗・・・」
雨に濡れた俺を女は自分の傘に入れて、少し歩くと駐車場に止めてあった車に乗るように促した。
彼女の目をのぞき込む。
こいつなら、大丈夫だ。
魂の色は、くすんだオレンジ色。壬原千郷の魂のようなすんだ青色をしていないから。
俺は助手席に乗り込んで、一息ついた。
女が運転席から身を乗り出して、俺にキスをする。
俺は、それに応える。
女のしたが俺の舌に絡んで、ねちっこい音を出した。
しばらくして、俺から彼女の頭を押しのける。
彼女がにっこり笑い、俺はそっぽを向く。
人を殺すときはいつだってそうだ。
俺の、悪意は伝染する。

彼女の運転で気がつけば、ホテル街。
その一つに車は滑り込んだ。
彼女が適当に部屋を選んで、俺は手を引かれるままに進む。
彼女が選んだ死に場所。
それが298号室。
部屋に入り、俺は彼女にキスをする。
眠れる森の美女になるために、悪意という毒の含んだキスを。
俺の唇がやがて彼女の首筋に移り、彼女が俺の髪を鷲掴みにする。
「ん・・・はぁ・・・・」
少しだけ、笑って、吸血鬼のように噛みついてみる。
噛みつくという行為は、死神にとっては何の意味もないのだけど、今日はちょっといつもと違うように、噛みついてみた。
女がなんだか分からない言葉で喘いでいる。
「はぁ・・・駄目、何で、こんなに気持ち良いのぉ?」
そんなことを叫びながら、女の心臓は止まりくすんだオレンジ色の魂が俺に吸収される。
脱がせかけられたシャツをただしながら、部屋を出る。
まだ、雨が降っている。
目の奥が痛い。
片っ端から魂を奪ってしまいたい衝動に駆られる。
意識を手放してしまえたら楽なのに、俺の中に根付いたばかりの良心がそれを許さなかった。
あの時、吸収した魂は俺の一部で、それが今俺の中に良心を生んでいる。
それは何とも不思議な感覚で、俺を苛々させた。
しかし、あの時吸収した魂のおかげで、今俺は人間として人間に混じって生活できるわけだから、文句は言えない。
俺が苦しそうに、壁にもたれかかっていると、男が声をかけてきた。
「大丈夫ですか?」
男の目をのぞき込む。深い紫色やはりくすんでる。
俺は、嫌な笑い方をして、男を壁に押しつけると男の唇にキスをする。
男は、何か呟く。
多分、壊れてしまった。
俺の悪意をたっぷり味あわせたから。
俺が手を離すと、よろよろと町中へ消えていった。
しばらくすると、3つの魂が俺の許へ漂ってきた。
さっきの男の魂と、くすんだ水色とくすんだ黄色の魂だった。
迷わず吸収する。
雨の日は効率がいい。
4つの魂のおかげで、少しだけ落ち着き、公園のベンチに腰掛ける。
雨が降っていたが、気にしない。
雨の日は目の色が、黒く戻らないから学校に行けない。
雨が上がるまで学校は休むようだ。
壬原千郷はどう思うだろう。
少しだけ考えてみる。
彼女が気になる理由は、魂の色と、姿。
吉田鈴美にそっくりだった。
ふと、彼女の魂がどこに行ったのか考えてみる。
多分、壬原千郷になったんじゃないかって思う。
あの一件の後、彼女の魂は行方不明になった。
彼女は、多分生まれ変わって別人になってる。
それが、壬原千郷、だ、と俺は考えた。
俺が、ずっと昔から探していた。
俺がかつて人間だった頃、ある雨の日に松谷陽一郎に殺された時に一番近くにいた人間。
最後に見たのは、彼女が自室のベッドに横たわって眠っている姿だった。
いや、眠っていたんじゃない。
死んでいた。
だから、ずっと探してる。
彼女を。
謝りたくて。ずっと、ずっと。探してる。