ひとりがたり

日常のもの・こと・妄想など

10.トランキライザー 【精神的興奮をしずめ不安などを緩和する薬の総称。精神安定剤。

俺は、校庭の片隅で花びらの舞い散るおっきな桜の木の下に立って、見上げていた。
風があって気持ち良い。
「ふぅーっ!浪漫ちすとーはるっち!!」
俺が振り返ると、其処には優也が立っていた。
相変わらずでかい。
「やっぱぁ?そう思うだろ?」
得意げに、笑う。
「こーとはるさーんっvv」
凄く遠くから俺の名前を叫ぶ、少年の声。
しばらくして、衝撃。
「うわっ!!いてぇ!!」
俺は、地面に倒れ込む。
でかい図体で、俺の上に乗っかって抱きついてるそいつをひっぺがす。
「幸甚、老体にそれは辛いから!!背骨折れたかと思った・・・」
「ゴメンね、コトハルさん。あのね、葵春もいるよあっちの方に、俺だけ先に走って来ちゃった。ねぇちゃんもあっちにいる。」
さらさらの髪が風に揺れる。
ゴールデンレトリバーの子犬っぽい顔でこっちを見て、にっこり笑う。
くしゃくしゃっと、幸甚の頭を撫でて、そのままそれを支えにして立ち上がる。
「うあぁ・・・」
「やっぱり、尻いてぇよ・・・」
ぱんぱんと制服についた埃を払いながら俺は、幸甚を見つめる。
申し訳なさそうに、幸甚も立ち上がる。
「なかなか、葵春君来ないけど。どうしたんだろう」
優也が校庭の向こう側、二つの人影があるって来る方向を見つめる。
「あのねぇ、古都治さんに会うのやだって言ってたよ、でも、俺が無理矢理連れてきたんだ。だって、俺古都治さんのこと大好きだし!!」
えへへっと、笑う。
俺に対しての幸甚の大好きは、憧れと尊敬みたいなモノらしい。
俺に対する瞳が、まるでご主人様に散歩に連れっててもらうのを待ってる犬みたいなのが物語ってる。
やっとの事で、葵春と、さっちんが到着。
「・・・ウザイ」
葵春がぼそりと呟く。
その場がいったん凍り付き、沈黙。
「・・・相変わらず、お前はでかいなぁ・・・身長いくつ?」
俺は、葵春に聞く。
「ちび、うぜぇんだよ・・・あっち行け」
・・・・・・。
慌てて、幸甚が取り繕う。
「えっと・・・葵春って、俺よりは小さいんだよ。170行った?よね・・・」
「・・・」
「俺の方が3センチでかいんだよ」
「ジン子はでかすぎだ!!俺なんか、160ぐらいしかねぇし」
「ちび」
3人の会話を聞いて、さっちんが笑い出す。
「ほんっと、あんたら3人って、お馬鹿トリオだよね。漫才見てるみたい。誰がでかくても、小さくても良いじゃん。仲良くしなさい」
「そうだよ!!」
幸甚が同意。
「つか、古都治ご飯食べに行くのに、どうしてこの木の下で待ち合わせしたの?門から遠いじゃん」
優也が桜の木を見上げながら言った。
「いや、落ち着くし、ここなら先生が来ないし。・・・・・・つまり、煙草が吸えるスポットなんすよ・・・それだけ、桜、綺麗だし」
「煙草吸ってんから、ちびのままなんだよ・・・その上万年脳味噌酸欠で、脳が老化して、馬鹿になってんじゃねぇの?」
「あぁぁぁっ!!葵春が、俺のために長文を喋ってくれたぁv」
俺は、思わず葵春に抱きついた。
「あぁ、うぜぇ、この馬鹿、近づくなさわるなやめろ!!」
葵春よりも小さい身長を、生かしひっつく。
俺は、この弟が可愛くて堪らない。
葵春は全力で、俺を押しのけようとしてる。
しょうがないので、離れると凄く怖い顔で睨んできた。
それでも、それさえも可愛い。
なんて言うか・・・兄馬鹿。
「ジン子、俺、やだ・・・帰りたい」
「駄目、だって、今日って古都治さんの誕生日だから、今日ぐらいおとなしくしてないと」
幸甚は子犬がおねだりするような瞳で見つめる、誰だってその瞳には勝てない。葵春もしかり。
俺は、にっこり笑う。
「決定」
「分かった・・・」
葵春は渋々承諾すると、優也と幸甚の向こう側俺と離れたところに移動した。

「って、事で今日はあたしのチョイスでお誕生会するお店選んじゃいましたv」
さっちんは、メニューを開きながらにっこり笑った。
幸甚とさっちんはとても似た兄弟だけど、さっちんの方がやっぱり女の子らしくて、可愛い。
そのお店は、イタリア料理のビュッフェだった。色とりどりのケーキと、サラダと、その他諸々が美味しそうな匂いを放ちながら並んでいる。
俺は、あまり食べ物を食べないけど、その種類と色に圧倒される。
幸甚と葵春はわいわいいながら(主に幸甚がわいわい言ってるが)お皿に、ケーキを盛っている。
「さっちんとはるっちはなに飲む?俺、ジュース係するから、二人は俺の分も食べ物もってきて。えっと、たらこスパは必ずね、それ以外は何でも食べられるから何でも良いよ」
優也は席を立ち、ジュースを取りに行った。
俺とさっちんはそれを眺めていた。
「さっちん・・・ありがと」
「18歳おめでと」
にっこり笑う。
この笑顔が多分、俺の精神安定剤かもしれない。