ひとりがたり

日常のもの・こと・妄想など

26.The World

俺が、ずっとずっと昔死神になってからずっと、吉田鈴美を探していた。
俺が、人間だった頃に愛した、唯一の人間だ。
そして、俺が死ぬのを見ていた。最愛の人。
多分、俺が死んでいくのを見ていたから、彼女を俺の後を追って死んでしまった。それっきり、俺は彼女にあっていない。
こんな姿なら、いつか会えるだろうって思ってたけど。未だに彼女の魂の片割れ-そう、たとえば死神になった真下秀の片割れみたいなモノだ-を見つけただけで本体を見つけられないでいた。
そんなところに、壬原千郷が現れた。
彼女こそ、吉田鈴美の魂を持つ人間だった。
でも、俺の事なんて覚えてるわけがない。
一度死んだ魂は、記憶の洗浄をされて、新たにリサイクルされる。
俺みたいな死神に捕まらなければ、誰もがそうやって生まれ変わる。
「ねぇ・・・真下、あんたのこと、その・・・シュウシュウって呼んでも良い?」
千郷が俺から目をそらして、恥ずかしそうに言った。
俺は、彼女の頬に触れ、彼女の唇に自分の唇を寄せて、呟く。
「別に良いよ・・・なんて呼んでも」
そして、唇を重ねすぐに離す。
彼女の目を見つめ、自分の目を細める。
彼女は目を伏せて、微笑む。
堪らなく愛しくなって、俺は彼女を抱きしめた。
「俺が、死神でも、本当にかまわない?この手で何人も殺さなきゃならないんだ、それでも、千郷は、俺のことをキタナイとか、怖いとか、危ないとか、そう思わない?千郷が・・・」
「あたしは、かまわない。シュウシュウが、そんな風に思ってるなんて思っても見なかった。確かに、ちょっと怖いけどさ。シュウシュウは、悪い人しか殺さないんでしょ、だったらそれで良い。」
抱きしめたままの俺の背中に、彼女は腕を回し、俺のことを抱きしめ返した。
お互いの体温が同じになるくらい、抱きしめあって。そのまま俺達は眠りについた。

目が覚めると其処にシュウシュウの姿はなかった。ただ、一緒に寝ただけ。
何もしてない。
それだけであたしは幸せだった。
無意識に部屋中に視線を泳がせる。誰も居ない。
立ち上がって、水を飲もうと台所へ歩って行くと、洗面台の方で水音がする。多分、シュウシュウが身支度を整えてるんだろうって、思ってあたしは、コップに水をくんで飲み干した。
冷蔵庫には何もない。
「どうした?なんも喰いもん無い?」
シュウシュウがTシャツにジーパンで髪をタオルで擦りながらでてきた。
さらさらの黒髪があの雨の日みたいに濡れてる。
目があって、笑う。眼鏡をかけていない所為でいつもと違う感じで、どきどきした。
凄く、綺麗な黒。
「うん、何もない」
あたしが言うと、冷蔵庫を開けてうんうん、と頷き「買いに行こうか」と言い、上着を羽織った。
あたしも上着を羽織って、とりあえず手櫛で髪を整える。
「大丈夫・・・かな?」
にっこり。
大丈夫な証拠だ。
「何食べたい?」
「んっと・・・、野菜」
「野菜?」
シュウシュウの部屋を出ると、あたし達は手を繋いであるった。
手を繋ぐのなんて、小学校の遠足以来かもしれない。
夜の冷たい空気、湿り気、匂い、とても心地良い。
「あ・・・やば・・・」
「どうしたの?」
シュウシュウの顔をのぞき込むと、目の色が黒から緑に変わる途中の深緑色になっていた。
「雨、降るかも」
あたしは彼の手を握りしめ、手の甲にキスをする。
「大丈夫、大丈夫だよ、ずっと一緒にいるから」
最後まで言い終わらないうちに、男の声で遮られる。
「こんな夜中に、貧相な男子と、美人さんですかぁ・・・?」
あたしは、男に手首を掴まれ、ブロック塀に押しつけられる。
男は二人居て、傍らの男が彼を殴り伏せていた。
「美人さん、超俺の好みなんすけど・・・」
息がかかるくらい、近くに男の顔があって、しかもそいつは酒臭い。
あたしは、男の顔から自分の顔を背け、叫び、暴れた。
「うぜぇんだよ、放せよ!!」
あたしの足が、男のすねに辺り、男は逆上しあたしの頬を殴る。
口の中に、血の味が広がる。
「シュウ・・・シュウ・・・」
あたしはかれた声で、彼を呼ぶ。
彼と目が合う。
瞳の色が、深い湖の色になっていて、その横には彼を殴り伏せた男が、瞼を開けたまま横たわっていた。
「君には、見せたくなかったんだけどな、ゴメンね、今からキタナイ物を見せるけど、これが俺の姿。映画で、吸血鬼がやってたね、こんな事。でも、君には事実を知る権利があるんだ」
あたしは彼に目が釘付けになる。
彼はあたしの上に乗っていた男を片手で容易くはぎ取り、あたしがされていたように男をブロック塀に張り付ける。
湖の色をした目が、いつもとは違う死神の目つきに変わる。
「死にな」
呟くと、男の口から、茶ばんだオレンジの炎が現れた。
彼はそれを掌でもてあそび、あたしの前に持ってきた。
「これが魂。魂の色が、鮮やかならその人の心は鮮明。くすんだ色なら、悪いことをしていた証。魂の色は、その人によって微妙に違う。色は、性格や見た目を表す。俺の魂は、かつてこの瞳と同じ色だった。でも、今はない。魂なんて存在しない物になった。」
深い青緑色の目を、まっすぐあたしに向けたまま、彼はそれを、口元に運び、吸い込んだ。
煙草の煙を吐き出すシーンを逆回しにするように、彼の中に吸い込まれその魂は消えた。
あたしがしばらく固まっていると、彼はあたしの手を取って、駆け出す。
「あぁぁぁぁ、なんて事したんだ!!怒られる、怒られるよ、また。君が殴られたのを見て、ついつい頭に来て、殺してしまったけど、本当は、故意に見せるのは禁止なんだ、見せれば、えらい奴らに怒られる。千郷、唇、平気?」
微笑むと痛いけど、あたしは微笑んだ。
「血、でてる。」
そう言いながら、彼はあたしの唇に中指と人差し指を充てた。
あたしは、ちょっとだけびっくりして、立ち止まる。
男の魂を抜き出すシーンを思い出した。これからあたしも魂を吸い取られるかも。それなら、それで良いか・・・なんて事を考えながら、じっとしていると、唇から痛みがひいた。
「これで、大丈夫。」
あたしが自分の唇に触れると、殴られる前に戻っている。
「なんで?」
「直せるから・・・死神の力で」
にっこり笑う彼に、あたしは呆然とする。
「死神って凄いね」
「そうでもないよ、俺クラスの死神なんて世界中に沢山居るし。それに・・・」
「久しぶりだな、真下秀」
声の主の方に、あたしとシュウシュウは視線を向ける。
夜道、暗がりにそいつはたっている。
「あんたを、殺しに来た」
青空のように、真っ青な瞳の少年。
笑う。
死神。
「死神同士の、殺しあいは認められてるからな。そのために、俺は死神になったんだから。」
再び笑う。
雷がとどろき始めた、春の夜。