ひとりがたり

日常のもの・こと・妄想など

67.コインロッカー

僕はコインロッカーで生まれた。
そう信じたい。
女の股の間から生まれたなんて考えたら、気が狂いそうだから。
だって、僕は、コインロッカーに置き去りにされたんだから。

11月在る冬晴れの下で、俺はその女に出会った。
ハッキリ言って、加齢臭漂うおばさんだった。
婆さんって言っても良いくらい老け込んでいて、ぎすぎすにやせ細っていた。
そいつは、俺にこういった。
「あたしが、あんたの母さんなんだ」
俺は心の底から笑いがこみ上げる。
「はぁ?何言ってんの婆さん、俺はね、コインロッカーの中で生まれたんだよ」
婆さんの顔が悲しげに歪む。
見るに耐えず、俺は視線をはずす。
「あたしが、コインロッカーに棄てたんだ、O駅の北口のコインロッカー2256番。忘れもしない。だから、死ぬ前に一言謝りたくてね」
婆さんは、俺に近寄ろうとした。
「寄るな、ばばぁ、今更俺の母さんが出てきたって、俺はコインロッカーの中に棄てた親を憎んでる。それで、十分だろ?」
俺の言葉を無視して、婆さんが俺に近寄った。
「あんたには、双子の弟が居るんだ、あんたと一緒のコインロッカーに入れたんだけどね、あのこの所在だけはどうしてもつかめなかった。だから、あんたに・・・あんたに弟を見つけて欲しかったんだ」
婆さんは言い終わると、俺の前から立ち去った。
俺は、婆さんの言葉載せ胃でぼんやりとした頭を必死だ働かすことで精一杯だった。

僕の兄さんは、きっと、びっくりするだろうな。
だって、兄さん。全然気がつかないんだもん。
僕はいつも兄さんと会ってるのにね。
僕は、寝ている兄さんの顔をのぞき込むのが大好きだ。
そっくりなのに、ほくろの位置だけが違う。
そのほくろを人差し指で触って、僕は笑う。
兄さんは気がつかない。
多分、これからも気がつかないだろうな。
僕と、兄さんが一心同体だって事に。
なぜ、一心同体かって?
簡単さ。
僕は母さんにコインロッカーに置き去りにされたときに死んじゃったんだよ。
そして、兄さんだけが何とか生き長らえた。
僕は、兄さんとずっと一緒にいたかったから、たまに兄さんの体を借りることにした。
兄さんは気がついてないかもしれないけど、兄さんの体は僕のものでもあるんだ。
今度、僕の足であのコインロッカーの前に行ってそのことでも教えてあげようかな。
だって、兄さんてば、せっかく母さんに復習するチャンスだったのに。
母さんを逃がしちゃったじゃないか。
だから、兄さんに僕の気持ちを知ってもらうんだ。
僕の、この、気持ちを。