ひとりがたり

日常のもの・こと・妄想など

34.手を繋ぐ

あたしがあの人を喪ってから、今日で一年経った。
あたしは夢を見てるのかもしれない、だって、あたしの目の前に、真下秀が立ってる。瞳の色は違うけど、間違いなく、眼鏡を外した真下秀だった。
「秀ちゃん・・・やっと、出てきてくれた。あたし、秀ちゃんに言いたいこと、いっぱいあった。いっぱいあったのに、忘れちゃった。あたしも、秀ちゃんと一緒に逝きたいよ。なんで、秀ちゃんあたしのこと置いてっちゃったの?ひとりになっちゃったんだよ。ねぇ、秀ちゃん、ゴメンね、何も出来なくて、あたし、さされて血を流す秀ちゃんみて何も出来なかった、手を繋ぐことも、声をかけることも、何も。泣くことしか、出来なかった。」
秀ちゃんは、あたしに近づいて、抱き寄せた。
多分、いつもみたいに微笑んでる。あたしのことを許してくれてたら・・・。
「俺の方こそゴメン」
秀ちゃんの手が、あたしの髪をすく。
「許して、なんてそんなこと言えないよな、鈴美を置いていったのは俺だし、鈴美が悪い訳じゃない・・・だから、ゴメン」
あたしをきつく抱きしめながら、吐き出すように呟く彼。
あたしは涙が止まらなかった。
抱きしめられる感触も、匂いも、生きてた頃と同じ。
多分、あたし、頭おかしくなっちゃったのかもしれない。
「秀ちゃん、あたしもそこへ逝っていい?」
頭を振る。
「駄目、ここへ来たら、鈴美は駄目」
「だって、あたし、ひとりなんて、秀ちゃんが居ないなんて、考えられない。蜜雪さんとたまにお茶して、秀ちゃんのこと思い出話にするだけの生活なんて耐えられない。」
涙を流しながら、あたしは叫んだ。
秀ちゃんはそれを見守る。
「ゴメン、無理なんだ。君は、ここへはこれない。」
雨が降り始めた。
「秀ちゃん、ゴメンね、其処へ行けなくても良いから、あたしのこと、最後までみてて」
秀ちゃんはあたしの瞳をみて、動けなくなる。
用意しておいた錠剤を飲み込み、ベッドに横たわる。
「ね、秀ちゃん、手、繋いで。」
あたし果てを差し出し彼はそれに自分の手を重ね、悲しそうに見守ってるだけ。
「もし、自分から死んだ人間が生まれ変われるなら、あたしのこと見つけてよ」
微笑む。
彼。
だんだん目がかすんできた。
手の温もりだけを敏感に感じる。
ねぇ、もう一度だけ、彼の顔を見たいよ。

彼女が苦しまないように、俺は彼女が眠りにつき鼓動が弱まった頃魂を抜いた。
綺麗な青い色をした炎。
彼女の肉体と繋いでいた手の平を放す。
涙が勝手に溢れた。
死神じゃない、真下秀の気持ちが残留していたのかもしれない。
魂を抜いて、肉体を放置しておけば、そのうち肉体は朽ち果てる。
俺は放置してその場を出た。
外はいつの間にか雨になっていて、細かい雨の粒がきりのようになっていた。
俺は、久々に自分の肉体が棄てられた場所へと足を運んだ。
それは深い山の滝壺だった。

気がついたらあたしは自分の体を見つめて立っていた。
秀ちゃんの手の感触が残ってる手の平をぎゅっと握った。
多分、秀ちゃんが無理って言ってた所にあたしはいる。
生きてる人間と、死んでる人間の中間地点。
多分、そんな感じ。
あたしは自分の重たい肉体を棄てて外に出た。
エレベータの鏡に自分の姿が映ってちょっとびっくりした。
いつもと目の色が違ったから。
綺麗な青だった。
死んだ人間って、もしかしたら魂の色が瞳の色になるのかもしれない。
途中、蜜雪さんとすれ違ったけど、鏡にも映るあたしに気がつかなかった。
あたしは、また、秀ちゃんと出会うために歩き始めた。