ひとりがたり

日常のもの・こと・妄想など

93.Stand by me

「おはよう」
声の主は返事を待たずにかってに俺の部屋に上がり込んだ。
「真下蜜雪さぁん、まだ寝てんの?」
俺が、迷惑そうに布団から顔を出した瞬間、声の主が勝手に雨戸とカーテンを開ける。
「うっ・・・」
朝の光のまぶしさに目をしばしばさせながら、俺は寝癖だらけの頭をぼりぼりと掻いた。
「秀」
秀は俺のいとこで、秀の家は俺の家の道を隔てた正面にある。
故に、いとこなのに、まるで兄弟のように育った。
もっとも、俺と秀では9才も歳が違うが・・・。
「なに?また、よっしーと飲んでたんだろう?全くいい歳こいて、男二人でなにやってんだよ」
よっしーと言うのは、小瀧嘉浩という俺の親友だ。
真下秀はわざと、意地悪そうに笑いながら、俺を見つめた。
「ちっげーよ・・・つか、今何時?」
「6時半」
「はぁ?なんなんだよ、全く、まだ寝られるじゃん」
俺が布団に潜ろうとすると、秀は俺の布団をひっぺがした。
「みっちぃ、忘れてンだろ?」
「なにを?」
「やっぱり、忘れてるよ。張り込みばっかでぼけちゃった?」
俺は、寝ぼけた頭を必死で回転させる、が、なにも思い出せなかった。
「秀、ゴメン。なんだっけ・・・?」
「だーもう、鈴美の誕生日プレゼント・・・だよ・・・。」
恥ずかしそうに、目をそらし照れながら言う秀が何となくかわいらしくて、思わず微笑む。娘を嫁に出す、父親の気持ちのような、ちょっとくすぐったい気持ちが自分の中をよぎった。
「あぁ・・・ゴメン、忘れてた。つか、早すぎだろ?まだ6時半・・・」
「確かに、思ったけど、もうなんて言うか、居ても立っても居られなくて。だって、みっちぃ寝起き悪いじゃん。だから早めに・・・」
「それにしても早すぎるだろ・・・ま、いいや・・・着替える。」
俺は、黒のパンツに白のシャツ適当にジャケットを選んで、身支度をした。
秀はかってに冷蔵庫をあさり、朝のニュースを見ながら何か食べていたが、俺は昨日の残り物をパンに挟んで朝食にした。
テレビでは、しきりに昨日の大使館爆破事件の報道がされていた。
「みっちぃは、大変だよね、こういう大使館の爆破事件とかも、担当しなきゃなんだろ?」
秀は牛乳の入ったカップを片手に言った。
「まぁ、ね。うちの署は田舎だから特に、大使館とかないけど。もし、そう言う事件があったら、行くようになるかも。でも、すっげーやりがいある仕事だよ」
「かっこいいな・・・俺なんか絶対無理だし」
「まぁ、社会に出たら、自分に合う仕事、合わない仕事、解るようになるよ。つか、お前の場合、手先器用だからなぁ・・・爆弾魔になるか?俺、捕まえるし」
俺が笑うと、秀はにやりと笑いながら。
「みっちぃには、絶対つかまらねぇよ、俺。自信ある。」
「なんで?」
「すぐに買収できそうだから」
俺は秀のでこにでこぴんしてやった。
「いってぇ・・・なんだよ、いきなり、不意打ち禁止、お前それでも警官か!!暴力警官!!」
「はーん、どぉせ、俺は駄目駄目警官ですぅ・・・」

そんなこんなでしばらくぐでぐでしながら、朝8時。
早いので、徒歩で駅まで行き、電車に乗る。
電車の揺れが心地良い。
「どおしよう・・・鈴美に・・・」
「まぁ、女子には適当に、アクセサリーとかがいいんじゃねぇの?」
「てきとー言われても・・・」
秀のため息、俺だって、わかんねぇよ。
今までつき合った女にやったものといえば、姉ちゃん達が男にもらって喜んでたものを見よう見まねで買ってきただけで、自分のチョイスにはあまり自信がない。
「つか、すずっちは何が好きなん?」
「え・・・えっと、本をよく読んでるなぁ・・・なんだっけ?この前、宮沢賢治の何か持ってたよ。あと、野沢尚とか、よく分かんないけど」
「あぁ・・・それだよ、宮沢賢治の本だと、よく絵本になってるだろ?そう言うの、どう?結構、絵柄きれいだしさ。」
俺は、先日強盗に入られた家の捜査をしたときに見た、子供の絵本を思い出していた。
確か、題名は、注文の多い料理店よだかの星、どんぐりと山猫。
「あぁ、それなら、喜ぶかも」
目的の駅に着いた。
俺達は駅から歩いてすぐにある、都内の大型書店に入った。

「本ばっか・・・」
「だって、本屋だし。署の資料室よりましだよ。資料室は書類と箱が入り乱れてるからなぁ・・・何か、臭いし」
俺達は、絵本のコーナーに向かう。
男二人で、絵本のコーナー。しかも眼鏡コンビ。
何となく、怪しい。
「み・・・み・・・みた・・・みち・・・み・・・み・・・みやざき・・・みや・・・あった!!」
秀は数冊本を棚から引っ張り出して、題名と内容を確認する。
「どれにしよう。」
「お前、宮沢賢治読んだこと無いの?」
「うん、だって、俺基本に本読むの嫌いだし」
「ばか!!しょうがねぇな・・・お前的に、どの絵が好き?」
俺は、残りの本も引っ張り出し、秀の前に並べた。
内容的に、これと、これと、これは除外な。
お祝い向きじゃない。でも、これは絵がキレイだからいいか。
「えっと・・・ふたごの星と、銀河鉄道の夜と、注文の多い料理店、あとは、風の又三郎、」
秀は題名を口に出しながら指さした。
俺は、他の本をしまいながら、「じゃ、この中で一番は?」という。
「ふたごの星」
こいつの感は、案外はずれてないかもしれない。
俺は口元が緩むのを感じた。
「決定。かってこいよ。本だけど、ちゃんとプレゼント用に梱包してもらえるから」
「なんで、しってんの?」
「内緒」
得意げに笑う俺を後目に、秀は本を持ちレジへ向かった。

後日。
「みっちぃ!!おはよう!」
また、直に朝日をうけ、俺はうめいた。
「今、何時・・・」
「午前6時」
「まだ寝られる・・・」
また、布団をひっぺがされる。
渋々、俺は起きあがる。
「ありがとう!!鈴美すっげーよろこんでた」
「ありがとうの気持ちが1ミクロンでもあるなら、一刻も早く俺に二度寝をさせてくれ」
にやり、秀が笑う。
「それは、無理だな・・・」
「なんで?」
「だって、みっちぃ、今日は仕事だろ?ついでに起こしに来た」
俺は、今日が仕事の日だというのを完璧に忘れていた。
「秀、ありがとう!!」
秀は、にこり、と笑う。
「どういうたしましてvみっちぃ、これから寒くなるから、仕事気を付けろよ!!」
「なんだよ」
「何となく、だよ」
俺等は笑い合った。
それから、1月後雪の降りそうな寒い日のことだった。
あの事件が起こる。