ひとりがたり

日常のもの・こと・妄想など

24.ガムテープ(上下コンビ)

閑静な住宅街の中にある、緑地帯。そこに女の死体があると通報が入ったのは、今から30分前のことだった。
「これって、よく塗装業者とかでビニール止めるのに使ってる、緑色のガムテープっすよね?この前うちのアパート塗装しに来てた業者も、こんなの使ってましたよ。」
刑事の癖に、短い金髪をつんつんに立てた、上杉が真下に向かって言った。
真下は緑色のテープを調べるよう鑑識に伝える。
「一概には言えねぇよ、とりあえず、ビニールテープの製造元あたらねぇと。でもまぁ、これから証拠が出るとしたら、指紋とか、そんなもんだろう。何たって、この前大型のホームセンターで同じもん見たからな。製造元から洗うのはちょっと無理だろうが、可能性のひとつとして、な。」
真下と上杉は、現場を慎重に歩き回る。
死体の手首や足首を見て真下が首を傾げる。
「ガムテープであのイスに縛り付けていた痕跡はあるのに、死体にはガムテープで縛り付けていた痕跡がない。他に、誰か居たのかな?しかも、こんな緑地帯に、いちいちあんな重たげなイス持ち込んだのか?」
鑑識がしきりに、木製の頑丈そうな、さながら映画で死刑執行時に使う、電気イスのような角張ったイスを、入念に写真に収め指紋検出を行っていた。
「何か、液体が付いてる」
胸のバッジに佐伯亜由美と書かれた、女性鑑識員は、イスの背もたれ部分に付いた液体を、綿棒で慎重にぬぐい取り、試薬を垂らす、綿棒が紅く変色した。血だ。
「何か出たか?」
「えぇ、血、だけど、誰の血?あの死体には傷らしい傷は見あたらなかった。」
上杉は綿棒を見つめ、口元だけ笑った。
「犯人、もしくは、第2の被害者?」
「あり得るわね、とりあえず、調べてみるわ。それて゛、あなた達に一個お願いしても良い?」
佐伯は微笑む。
「なんだ?」
真下は、少しだけずれた眼鏡の上から彼女を見た。
「さっきから外野が煩いのよ、何とかしてくれない?」
佐伯が言うと、真下と上杉は顔を見合わせ、渋々それにしたがった。

「荷物から身元がわれた。大木悠18歳、女山王橋女子高校3年、でもって、携帯に複数の男性の電話番号およびメールアドレスが履歴として残ってた。また、携帯会社に依頼し、履歴を調べたところここ数ヶ月で4カ所の出会い掲載とにアクセスし、利用している模様。
まぁ、最近多いじゃないっすか、援交殺人とか、そんなのの類じゃないですかね?・・・って、聞いてます?真下さん」
上杉は、読み上げていた手帳を開いたまま、真下の顔をのぞき込んだ。
真下は顔をむける。
「聞いてるよ、それで?お前の見解は援交か?鑑識の持ってきた証拠は?ほら、例の血・・・俺の方では、ガムテープからは歪んだ指紋と、上皮組織が少し、まぁ・・・微量だから、DNA鑑定は・・・どうかな・・・。」
「あぁ、亜由美ちゃんから血の件について聞いてきましたよ」
「あゆみちゃん?」
真下は、むけていた顔を、上杉の方へ向け、眼鏡の奥で訝しげな顔をする。
「あぁ・・・佐伯亜由美ちゃんですよ・・・昨日の若い女性の鑑識員。鑑定でるまで、鑑識で待ってたんですよ、そしたら、銃器の話で盛り上がっちゃって、まぁ、それで・・・」
「あ、そう・・・で、結果は?銃器の話してて忘れたとか言うなよ?」
「忘れてねぇっすよ。えっと、大木悠のものではないが、女性の血痕です。また、イスの端っこには、微量ですが男性の血液も付いていました。」
「あーもうっわかんねぇ!現場行くぞ!上杉!」
「あ、はい」

現場に到着すると、真下と上杉は先日も穴が空くほど調べた犯行現場を再び虱潰しに当たった。
「くそっ!!あのイスは、犯人の罠だ。現場に証拠があのイスとガムテープと死体。それ以外の証拠が見あたらないんだよ。あの、でかいイスはダミーだ、理由は解らないけど、誰かが俺達をはめようとしてるのか?」
真下が言い終えると、ほぼ同時に真下の携帯が鳴った。
「真下さん、鑑識の佐伯です。指紋の照合してたんだけど・・・あの、言いづらいんだけど・・・」
佐伯は少し迷ったように沈黙する。
「いいよ、言えよ、この際誰でも良い、とにかく現場の証拠と繋がるような人物なら、誰でも良いから、言えよ」
真下は少し、向きになっていった。
「解った、あのね、普通じゃこんな事、あり得ないんだけどね。・・・あの指紋・・・あなたのいとこの真下秀さんのものよ。色々な方法を試したの、でも、結果は同じ。あたしも、5年も前に死んだ人間の指紋が、あの現場からでてくるなんて信じられない。」
「あいつは・・・まだ、生きてるのか?」
「解らない、だけど、これだけは言える。証拠は嘘をつかない」
「解った、ありがとう」
そう言うと、真下は携帯をきり、鬱蒼と茂った木を見上げた。
「真下さん、どうしました?」
真下は、笑う。
「ばかげてる、本当に、ばかげてるよ。」
「何が、ですか?」
「ガムテープの指紋、俺のいとこのだった。しかも、本人は5年前に死んでる」
真下と上杉は立入禁止のテープをくぐり来た道とは反対側の空き地へ抜ける。
煙草に火を付けながら、真下は上杉を見た。
「そういやぁ、この緑地帯、あいつとよく来たなぁ・・・外へでれば住宅街なのに、ここだけは別世界だった。俺とあいつんちは道を隔てたすぐ正面だった。だからあいつは俺のこと兄貴みたいに思ってたし、俺もあいつのこと弟みたいに思ってた。なのに、殺されたんだ。知ってるだろう?俺がはじめて警察官をやめようと思ったのは、あいつが殺されたときだったよ。でも、やめなかった。信じたかったんだよ、あの白骨死体があいつじゃなくて、他の人間で、あいつはまだ、別の場所で生きてるって事を」
青々とした空き地の雑草を踏み分ける。
空はオレンジ色だった。
「真下さん、あなたは悪くない、月並みな言葉かもしれないけど、そんなの俺にだって解る。」
真下は上杉の方へ振り返り、携帯灰皿へ煙草をねじ込む。
「もし、生きてたとして、なぜ、ガムテープに指紋を残した?」
「気が付いて欲しかったから?それとも単なるミス?」
「俺は前者を選びたい」
笑う。
オレンジ色だった空がにわかに曇りだし、雨が降り出す。
夕立よりも、早い天気の変動だった。
真下と上杉は急いで緑地帯を抜けようとした・・・が、緑地帯に佇む黒い影を見た。
「しゅう・・・」
真下が吐き出すように呟いた。
影の主は笑う。
「久し振り。蜜雪さん」
その、死体のように白く、血の気がない肌と、まるで湖のような深い青緑色の瞳を真下へ向けた。
「蜜雪さんの魂の色は、透き通った紫色をしてる。あんたのはオレンジがかった黄色透き通ってる。因みに、この事件の犯人の魂の色は、薄汚れた桃色だったよ。」
また、笑う。
「なんの話だ?」
上杉が銃に手をかけながら言うと、秀はゆっくりと近づく。
「犯人は責任を持って、死神である、俺が始末しておいた。俺の足下に転がってるそれがそうだ」
二人は一斉に秀の足元を見て、驚愕する。
確かに、目を見開いたまま絶命した男性の死体がそこにあった。
「秀、なんでこんなことした!!」
真下は漆黒の服に身を包んだ少年を、責めるように言った。
「必要だから」
秀は笑う。
「なんのために?」
「死神で居るために」
秀の掌が、上杉の心臓の辺りに掲げられた。
「こうやって魂を抜いて、人を殺すんだ」
言うが早いか、上杉は膝を突いて前のめりに倒れ込む。
「ね、簡単なんだよ、人が死ぬのなんて。」
秀はてのひらの上で抜き取った魂をもてあそびながら、笑う。
「やめろよ、おい、戻せよ、上杉を、元に戻せ!!」
秀は恐ろしく冷たい目で、真下を見つめ、上杉の背中、心臓の裏側当たりにその黄色ががかったオレンジの光を押し込んだ。
その瞬間、上杉は息を吹き返し、咳き込む。
「こうやって彼女も殺した。実行犯はこの男だけど、指示したのは俺だ。ガムテープに指紋を残したのはわざと。試したかったんだよ、死神にも生きてるときと同じようなことが出来るかどうか」
「だったら、もっと違うことで試せばいいのに。お前は、あの頃となんにも変わってない。そんな事して、そこには何かあるのか?」
しばしの沈黙。

「ここには、何もないよ」

秀は言った。