ひとりがたり

日常のもの・こと・妄想など

51.携帯電話(古都治と上下コンビ)

「上杉ぃ、今日からプロファイルチームの何とかって言うのが、うちの課に配属になるって?」
「あぁ・・はい、なんでしたっけ?忘れました、プロファイルチームとか言って、結局机上の空論でしかないんじゃないですかね?」
刑事課でのプロファイルチームの評判はすこぶる悪い。それは、当たり前といえば、当たり前なのだが・・・。
「もう、9時ですよ・・・出勤時間とっくに過ぎてます」
「うちの課に恐れを成して逃げたか?」
刑事課の面々は、談笑しながらお茶をすすっていた。
そこへ、ドアを蹴破るような音と共に、ビジネスバッグを小脇に抱えひとりの男が転がり込んできた。
男は、灰色のリクルートスーツにだらしないぐらい緩んだ濃紺のネクタイ。
そのせいで、年齢は10代後半に見える。めちゃめちゃなやつだ。
「おっそくなりましたぁ!!今日から刑事課に配属になった元、プロファイルチームの松谷古都治、26歳、独身です!!」
場が静まりかえる。
しかし、一番驚いていたのは、真下蜜雪だった。
「はるっち!!」
「はい、今日から、蜜雪刑事部長の所でお世話になります。と、言うか、毎日お世話になってます。」
呆然とする真下の前で、仰々しく敬礼してみせる様はかなり滑稽だった。
「・・・・・・仕事って、お前、警察官だったのかよ?」
「あれぇ?言ってなかったっけ?俺、一応大卒警官っすよ。」
しれっと答える古都治の横で、上杉がすかさずつっこむ。
「あんた等同じ屋根の下で暮らしてるんでしょ?なんで分かんないんですか?」
「それは、あれだよ・・・出勤時間の違い。てっきり俺、古都治何か夜の仕事してるのかと思ってた」
「あーなんか、それむかつく。俺、ちゃんと仕事してました。気質ですよ、まぁ・・・ある意味あれだけど。こっちに書類も出してましたよ。俺の名前で。」
「ゴメン、見てなかった」
真下は真顔で言い放ち、古都治はため息を付いた。
「所で、よりによって、なんで刑事課に配属になったんだ?」
「みっちーに毎日逢いたかったからv」
真下は再び真顔になり、古都治の脳天をげんこつした。
「うーいってぇ・・・何すんだよ!!」
「お前があまりにバカだからだ・・・」
古都治は頭を抑えながら、散らばったビジネスバッグや書類をかき集めた。
「えっと・・・松谷君の席は、こっち、俺の隣り」
上杉が、空いてる席をさした。
「すんません、ありがとうございます」
古都治は、荷物をどっちゃり置くと、辺りを見回した。
「刑事課って、暇なんすか?」
再び、真下がげんこつ。
「暇じゃねぇよ、今日は朝から会議なんだ、緊急以外は署で待機。」
と、そこへ、真下の携帯が鳴った。
「はい、真下。あぁ、うん、うん、解った。今から、うちの課の者が行くように指示するから、場所は?」
すらすらと几帳面そうな文字がメモ帳に並び、現場と状況を書き込む。
「あぁ・・・そしたら・・・」
課内を見回したが、誰も事件を抱えていて、出られそうにない。
ふと、にこにこする古都治と目が合う。
あーもー解ったよ、という顔をすると、真下はこういった。
「じゃ、俺と、松谷という者で行きます。30分ぐらいで現場に着きます」

現場に到着すると、既に鑑識が作業を始めていた。
真下は現場主任の佐伯亜由美に詳しい話を聞く。
「死体に争った形跡はない、けど、左頬と両腕に粘着物が見つかった。おそらくガムテープで拘束されてたのね。でも、おかしいのよ。普通、自分が拘束されるとか解ったら、抵抗するじゃない、その、痕跡すらも見つからない・・・つまり」
「犯人は複数。被害者を凶器で脅していた犯人と、無抵抗な被害者を拘束した犯人。こんなにおとなしく拘束されるには、何かの凶器で脅したはずだ。」
古都治は、佐伯の言葉を代弁するように言った。
真下は、それを黙って聞き少しだけ考え込む。
「凶器・・・か。しかし、何か、違和感がある。」
真下は部屋を見回す。
引き出しという引き出しはすべて引き出され、中の物が床に散らばっている。
さらに、食器棚、布団、カーペット。
あらゆる物が、犯人の手によってかき回され、乱されていた。
それなのに・・・。
「鞄だ・・・」
真下が呟き、被害者の鞄を探す。
それは、倒れたソファの横にこぢんまりと置いてあった。
「鞄が、荒らされてない・・・」
古都治はつぶやき、佐伯を呼ぶ。
「これ、誰か弄りました?」
「いいえ、元からその位置においてあった。誰も弄ってないわ。」
真下が、ラテックスの手袋をはめた手で、鞄をあさる。
中身は、携帯、目薬、化粧品、頭痛薬、どれも、おきまりの物だった。
しかし、念のため、写真を撮り、証拠品袋に品物を入れる。
そして、運びだそうとした瞬間、携帯が鳴った。
真下は少し考えてから、カノンが流れる携帯のボタンを慎重に押す。
自分から音が聞こえるぎりぎりまで携帯を離し、応答する。
「久美子?どうしたの、なかなか出なかったじゃん・・・」
しんと静まりかえった室内に、女性の声がうっすらと声だけが響く。
「久美子さんの携帯ですが、私は北署の刑事課真下ともうします。」
「え?久美子、何かしたんですか?」
困惑する声。
「いえ、一応あなたにも署にご同行願いたいのですが・・・久美子さんの話が聞きたいのです。」
「解りました。私、榛名唯ともうします。北署・・・ですね?」
「はい」
「1時間後に伺います。」
被害者が亡くなった、とはいなわなかった。
電話を耳で聞きながら、死体の様子を再度確認していた古都治が、真下を呼ぶ。
「真下さん、ちょっと、こっち来てください。」
「なんだ?」
「爪に何か付着してる。何かな・・・なんかの塗料・・・って、この携帯と同じ色。」
真下は携帯を慎重に観察した。
確かに、携帯の塗装の一部が剥げている。
「塗装が剥げてるな、強く握っていた?」
佐伯も横から携帯を眺め、爪の付着物と見比べる。
そして、爪の付着物をピンセットで掻き取ると、証拠品袋に入れた。
「とりあえず、分析に回してみる。結果がでたらすぐにそっちに回すから。」
「あぁ、宜しく」
証拠品袋をしまう佐伯を見つめながら言った。
「所で、元プロファイルチームは何か解ったのか?」
にぃっと、古都治が笑う。
「嫌み言わないでくださいよ、ただね、ここの現場一見物取りの犯行なんだけど、何か違うんだよなぁ・・・。だって、ほら鞄に入っていた財布には手が着いてないじゃん。あと・・・わざとらしいんだよ。部屋の荒らし方が。あと、死体の位置も。」
真下は、口元を綻ばせながらため息を付いた。
「なんすか?」
「あぁ・・・いい気になるなよ。あの上杉でも、新人時代に現場に着いた時点でそこまでは気が付かなかったよ。死体で精一杯。」
「人殺しには敏感なんすよ。」
古都治は自嘲気味に笑う。それは、いつもの癖だった。

数時間後、鑑識の結果と解剖の結果がでた。
左頬と両腕の粘着物は、被害者の自宅にあったガムテープと一致。
ガムテープから指紋はでていない。
被害者の爪に着いていた塗料は、被害者名義の携帯電話と一致。
携帯電話から指紋は出ていなかったが、被害者以外の上皮組織と毛髪が見つかる。
どれも同一人物のもので、男性だった。
被害者の死因は、頸部圧迫による窒息死、つまり絞殺。
唇のチアノーゼと、白目部分の点状出血、ならびに頸部の圧迫痕、頸椎骨折により絞殺と断定。
肝臓の温度から、死後10時間から12時間と見られる。
薬物等の反応は無し。
レイプ検査の結果は陽性、死後に与えられたものと思われる。
膣内に微量だが、上記の毛髪などと一致する精液が残されていた。

そこまで一気に読み上げ、古都治は顔を上げる。
「無秩序型で、人殺したらそれをおかずにヤっちゃえる変態さんが犯人かもしれない。もしかしたら、首を絞めながらレイプしたかも。そうすることによって、快感が増すからね。でも、何でだろう。指紋着けないように手袋するようなやつが、いちいち精液なんて残していく?DNAの宝庫じゃん、捕まえてくださいって言ってるようなもんだよ。」
真下は、古都治の考えを黙って聞いていたが、コーヒーをすすり、煙草に火を付けると、今度は自分の考えを口に出した。
「犯人は捕まりたがっている。または、俺達への挑戦状・・・のつもりじゃないか?犯人は自信過剰だ。自分が掴まらないと思っている。」
「・・・ちょっと待って、最後の1行。」

尚、精液、上皮組織、毛髪ともに、被害者のDNAと一致する箇所があり、被害者の血縁者のものと思われる。

「身内・・・洗ってみるか」
真下と古都治は上着を手に取り、外へ飛び出した。

「山重久美子さんの親族の山重泰三さんですね?久美子さんとはいとこ同士で間違いない?」
真下が警察手帳を目の前に掲げながら、質問すると、16・7歳の少年が首を縦に振った。
「今日は、ちょっと尋ねたいことがあって、伺ったんだけど聞いても良いかな?」
「はい」
少年は刑事二人を家に上げ、お茶を出した。
妙に落ち着いている。
「久美子さんが殺されたのは知っているね?それが、どうもただの物取りの犯行じゃなかったみたいなんだ、君は、何か知らないかな?」
真下は子供に問いただすように、優しく尋ねた。
「もう、僕に辿り着いちゃったんですか?」
「どういうこと?」
「僕が、犯人です。髪の毛のサンプルでも、なんでも差し上げます。きっと、一致するはずです」
古都治が立ち上がろうとするのを、真下が制する。
「本当に、君が?」
「はい、僕は、久美子さんが好きでした。だけど、あの日あの人は僕の前で別の男からの電話で携帯に向かって、話をしてたんです、それも楽しげに。僕にはそんな声で話してくれなかったし、そんな顔で笑ってくれなかった。だから、殺した」
真下が微笑む。
一件場違いなように思われたが、少年も微笑んでいることに気が付く。
「行きましょう、僕を、連れて行ってください。あの人を殺したからって、特に何か変わった訳じゃなかった。」
真下が目で合図をすると、古都治は少年の両手に手錠をかけた。


※本編とは、何ら関係のないお話しです。寧ろ、自分で自分の作品同人しちゃったぐらいで考えていただいて結構です。