ひとりがたり

日常のもの・こと・妄想など

35.長い髪の女

ぼんやりと覚えている、小さい頃の記憶。
俺と同じ色の赤い髪の緑色の瞳をした色の白い女性。
彼女はいつも微笑んでいた。
だけど、俺が観ていないときはいつも悲しそうな顔をしていた。
そして、その女性はある日を境に俺の記憶の中に現れなくなる。
金髪の青い目の男。
その女性はそいつに連れて行かれたっきり、帰ってこなかった。
そして、俺は、今の家に引き取られた。
あとで知ったことなんだけど、長い髪の女性は、俺の本当の母さんだ。
金髪の男は誰だか解らない。
今の両親に、母さんは俺を置いてどこかへ行ってしまったと聴いたが、俺はそうは思えない。
あの、金髪の男の冷たい目。
俺を軽蔑しているようだった、俺を?否、母さんだ。
あの男は母さんを軽蔑していたんだ。
それは、あの男なりの復讐だった。
多分、そうだろう。

君は何度僕の名前を呼んでくれた?
一度も読んでくれなかった?
愛情のこもった呼び方で。
君が息絶えた頃、ボクは僕の名前をひとり呟いた。
誰の名前だったんだろう。
あの時の僕は、誰だったんだろう。
僕は取り返しのつかないことをしてしまった。
僕の信頼し、愛する人を僕のこの手で殺してしまった。
僕の手?
僕じゃない、僕じゃない、僕じゃ・・・僕の魂が殺したのではない。
おそらく。
だったら、僕の中に魂はいくつある?
そんな物存在しないんじゃないか。
事実だけを突きつけて、跳ね返す。
僕の中の何人もの人間が、僕の犯した事実をはねのけた。
彼女が死んでしまったという事実だけを残して、僕の罪ははねのけられた。
あの男が僕のことをみている、悪意のこもった瞳で、僕を見つめて、僕をここから出さないように僕を暗闇に閉じこめるように、あの男は僕をみている。
あの男が彼女と彼女の子供を引き離したとき、僕はあの男の操る僕の体の中から、子供をみていた。
彼女じゃなく、子供だった。
母親似の赤毛できれいなグリーンの瞳。
小さいのに、泣いてはいなかった。
母親を連れ去るあの男をじっと見つめていた。
僕は狂いそうになる。
元から狂ってしまっているけど、あの男に支配されるのはいやだった。
あの子供の父親は僕の中の他の人間の友達だ。
僕とは面識はない。

気が付いたときには、息をしない彼女の瞳が涙を一杯貯めて、僕を見つめていた。
燃えるような赤い髪の毛が、床に広がって、コンクリートの床にきれいな模様を作っていた。