ひとりがたり

日常のもの・こと・妄想など

28.菜の花(おにさん)

この前の桜ねぇさんの厳重注意からしばらく、桜ねぇさんの使いの子鬼(と言っても、僕たちよりも数倍年上だ)の姫菜と林檎が、ボクと遙さんの所に来た。
「てめぇら、何のつもりで、ここに入ってきた!!」
遙さんは叫ぶ、反対に、双子の子鬼姫菜と林檎は笑いながら続ける。
「こんにちは、梅ちゃん、はるちゃん。今日はね、桜ねぇさんからご用を賜ってきたのよ。」
まず初めに、セミロングでウェーブのかかった桜色の髪に銀色の瞳の、林檎が、僕らに声をかけた。
そして次に、林檎とそっくりな声で、同じ顔、違うのは髪型だけでおかっぱ頭の姫菜が、僕らに話の続きを聞かせる。
「明日、マダラ山の向こうにある菜の花畑で面白いものが観られるから、行くんなら、丑の刻に桜ねぇさんの家にきなって」
二人は、にっこり笑いながら、去っていった。

「ねぇ、遙さん、どうする?」
「・・・俺は、行くけどよ、梅はもう大丈夫なのか?」
ボクは笑う。
「大丈夫ですよ、急所とか言って、林檎さん実は急所はずしてたみたいだし。それに、桜ねぇさんに傷は殆ど治してもらってたし。」
「んじゃ、大丈夫だな、っていうか、その。」
遙さんは、首にかけたままになっていたゴーグルを装着しながら、呟いた。
「お前の、弟の件、御免。俺の所為で、お前の弟はあいつに殺されたんだよな」
ボクは俯いた。出来れば思い出したくない記憶だったからだ。
「気にしないでください、悪いのは遙さんじゃない。それに、遙さんって、実はボクより年下だったんですね」
遙さんは、無言でボクの頭を叩いた。
ボクは大げさに板の間に倒れて、笑った。
「あんまり、そう言うことはかんけーねぇだろ。ちび」
「大ありですよ、いつもボクのことちびちび煩いですからね」
再び、二人で笑った。

―――丑の刻。
「おう、二人とも、来たようだねぇ、何湿気た面してんだい。まるでいつもの馬鹿コンビとは大違いだねぇ、全く。観てるこっちが湿気っちまうよう。」
綺麗な長い桜色の髪に、空色の瞳、身長は遙さんよりもちょっとだけ低くて、いつも綺麗な着物を着ている。
でも実は、この着物の中に、銃やら、トンファーやらが仕込まれてるって言うのは、多分僕たちしか知らない。
「で、桜ねぇさん、マダラ山の向こうにある菜の花畑で面白い事って、俺達にゃ、教えてもらえねぇーんですかい?」
僕が言う前に、遙さんが言った。
ボクは、遙さんと桜ねぇさんを交互に見つめた。
初めに口を開いたのは桜ねぇさんだった。
「あたし等以外に、群れて暮らしてる鬼の長に今夜会うことになってる。だから、あんたら二人に、約束を守ってもらいたい。一つ目は、今回なのは菜畑で怒ることはいっさい口外無用だ。もし、口外したとなれば、お前らはあたしがたたっ切るから、良いね。二つ目は、菜の花畑についても一切言葉を発しない。あんたら二人と林檎と姫菜はあくまであたしの従者だ。ひとっ言も喋るんじゃないよ。とりあえず、このふたつをまもんなよ」
「解りました」
ボクと遙さんは頷いた。

―――菜の花畑にて
遠くの方から、草を踏み分ける音。
菜の花のきつい匂いが、ボクの鼻について、なんだか苛々した。
草を踏み分ける音はだんだんと大きくなり、僕たちの見える位置まで影が近づいた。
とっくの昔に暗闇に目は慣れていたけど、満月が逆光になって、影しか解らなかった。
「驚いた、そっちの長がまさか女だったなんてな、しかも、桜って、あの桜かよ。」
耳に残るような、なめらかな低い声。
男だった。
桜ねぇさんの表情を伺う。
「よぉくわかったね、あたしが長だって。名前聞いて、あたしもまさかとは思ってたけどね、黄桃(きおう)。」
黄桃と呼ばれた男はにっと笑ったようだった、桜姉さんも笑っていた。
ボクは色々と質問したいのを必死で我慢していた。
「そこのちび3人はありえねぇし、その、銀髪はまだひよっこだ。そしたら残りはお前ぐらいしかねぇだろ。それに、お前の顔はよぉく、覚えてる。まぁ、会うのは100年ぶりぐれぇだけどな。」
「あんたも人が悪いねぇ、配下の者を連れてきてんだろ?用心深いあんたが、配下もなしにこんなへんぴなところまでくるわきゃないからね。」
桜ねぇさんと、黄桃は何か探り合っている。
知り合いみたいなのに。
「さすが、桜だ。」
黄桃は、僕らを見据えたまま、大声でおい、でてこいと叫んだ。
草むらから、大男2人と、袴に眼鏡の男がひとりと、占い師みたいな女がひとり出てきた。
桜ねぇさんは、平然としてるけど、ボクと遙さんと姫菜と林檎は少しだけ身構えた。
「安心しな、全員顔見知りだ。」
桜ねぇさんは、僕たちを横目で見ながら、言い放った。
黄桃は満足そうに笑う。
「桜、相変わらずだな。ガキの頃と何ら変わってねぇ、いい女だ」
桜ねぇさんは、黄桃を見据えて笑う。
「嬉しいねぇ、相変わらずだなんて、まぁ、あんたも性格悪いのはガキの頃から変わってないようだけどね。」
僕たちは全然話が見えてなかった。
「お前等、今日から桜と俺の群で同盟を組む。文句あるやつぁいるか?」
誰からも異存は出なかった。
僕らも、異存はない。
仲間は多い方がいい。聞いた所によると、黄桃の群は130の鬼達が暮らしている。僕らの、桜ねぇさんの群は、200桜ねぇさんの群が黄桃の群れを吸収するような形だ。
もしかしたら、僕たちの考えと同じような考えを持つ鬼が居るかもしれない。