ひとりがたり

日常のもの・こと・妄想など

61.飛行機雲 3/3

夕空には飛行機雲が長く長く金色に輝く筋を作っていた。
帰りの車の中、秀ちゃんは何か考えているようだった。
行きにかかっていたビートルズはとっくに終わり、次のディスクに変えてあった。何だろう、綺麗な音楽。
多分、クラッシックだ。
市内に入って、やっと秀ちゃんは口を開く。
「千郷には、関係ないことなのに、ごめん」
あたしは、始め秀ちゃんの言ってる意味が分からなかったけど、すぐに理解した。
「何が?何、勘違いしてるの?秀ちゃんが、あの日あの公園であたしと目があった時点で、関係大あり。それに、あの子、ヨシダスズミはあたしの所にも現れたの。もう、関係ないなんて、言わないでくれる?」
秀ちゃんは、いきなり車を止めた。
どうせ、殆ど車は通らない。
ハザードランプをつけて、車を寄せた。
そして、シートベルトをはずすと、あたしをじっと見つめた。
日はとっくに沈んでて、その上、雨まで降っていた。山の方と、こっちじゃ天気が違う。
「な・・・何?」
少しだけ怒ったような顔をして居る、秀ちゃんの唇を見た。
唇がゆっくり開いて、あたしに何か言おうとした。
けど、すぐに辞めて、運転席のシートに、体を沈める。
無言のままシートに沈み込み眼鏡を取りながら、大きなため息をもらす。
何を、そんなに悩んでるんだろう。
何か、気まずい雰囲気だ。
「ねぇ、秀ちゃん。あたしの方こそ、ごめんなさい。ずっと、ずっと謝ろうって、思ってたの。あたし、すっごい、自分勝手だね。だって・・・」
「何、お互いにあやまってんだろうな。馬鹿みてぇ・・・本当は、そうじゃないんだ、そうじゃなくて、本当に、謝らなきゃならないのは、俺のほうなんだ。ごめん、千郷。やっぱり、俺がまんできない。」
秀ちゃんは、あたしの居る助手席の方へ向いて、かなり、挙動不審に驚くあたしの唇に口付けた。

それは、綺麗な透明な色をした水色だった。
ガラス玉のような、触るだけで、壊れてしまいそうな、それはそれは、綺麗な、壬原千郷の魂だった。
空の色のようだった。
図鑑で見た、地球のようだった。
あの時見た、ヨシダスズミの魂と同じ色をしていた。
そして、俺は見とれながらも、自分がとんでもないことをしてることに気が付いた。
俺の悪意は、伝染する。
いっそ、このまま壊してしまおうか?そうしたら、またスズミは俺に殺される。
そうしたら、もう、俺達は会えなくなってしまうかもしれない。
でも、壬原千郷は、不完全なヨシダスズミの魂だ。
完全な人間の魂とは違うかもしれない。
ほら、横木泰之の魂だって、ちゃんと体に戻して正常な人格のままだったじゃないか。
もしかしたら、不完全な魂を持つ人間だったら、大丈夫かもしれない。
俺は、壬原千郷に魂を戻した。
息を吹き返す。
咳き込んで、俺の肩に捕まって、俺を見上げる。
「び・・・びっくり、した。」
千郷は笑っていた。
一通り、落ち着くと、笑いながら、深刻な顔をする俺の顔を両手でまるで犬でも撫でるみたいに、わしゃわしゃなでまわした。
「あーおもしろかった、秀ちゃん、魂抜かれるって、こういうことなんだね」
彼女の話では、どうやら、ぽかーんと魂を見つめる俺の顔がぼんやり見えたらしい、しばらくすると、あの滝に引き戻されて、人生がまるで逆回転をしているかのように、逆さまで見えたらしい。
「ねぇ、秀ちゃん、もし、あたしが死ぬようなことがあったら、秀ちゃんがあたしの魂狩りに来て、ね?」
俺はふてくされながらも、曖昧に返事をした。
そんなこと、二度と考えたくなかった。
ヨシダスズミを2度も殺したくなかったし、壬原千郷も殺したくなかった。
でも、どうしてもがまんできなかったんだ、壬原千郷が、本当にヨシダスズミの魂を持ってるのかどうか。
もし、違ったら、俺はどうしてた?
別に、今と何にも代わりはなかったかもしれないけど、もし、もしも違っていたら。
俺の悪意は伝染する。
千郷も人殺しになったんだろうか?
千郷を人殺しにしてしまったんだろうか?
千郷を俺は殺してしまったかもしれない。
千郷が人を殺すなんて考えたくなかった。
千郷が俺の目をのぞき込んで、笑う。
「雨、降ってるから、そんな綺麗な瞳の色をしてるの?」
俺はエンジンをかけて、呟いた。
「綺麗な色なんかじゃないよ、人殺しの色。俺が死神になったとき、初めてもらった色。」
俺は眼鏡をかける。
かつて、松谷古都治が俺に向けたような、自嘲的な笑みを真似てみる。
千郷は、俺のことをみていなかった。
そう、それで良いんだ。
俺が死神になってからの道筋は、飛行機が発生させる飛行機雲のように、いずれは消えていく。