ひとりがたり

日常のもの・こと・妄想など

90.雨に溶けて:カラスの鳴く夜

雨、しかも深夜だというのにカラスが鳴いていた。
ぼんやりとする頭で駅から自宅までの道を一人傘さしながら歩く。人気はない。
自宅近くの暗くなった飲食店外でやっと人を見かけた。
子供だった。こんな時間に子供が?と疑問を感じつつ通り過ぎようとしたそのとき、子供が口を開いた。
「死にたい?」僕はえ?と言ったかもしれないし、なにも言わなかったかもしれない、そのときのことはあまり覚えていない。
「私が殺してあげるわ、私死に神なの」
暗がりでよく見えなかったがどうやら女の子らしかった。僕はその声に言いしれぬ恐怖を抱き自宅へと走り出した。
しかし数十メートル先にまたあの女の子が立っていた。
「逃げないでよ、すぐすむから」
僕はへたり込んだ。そこへ、人の気配。
「さ、立って逃げて」
少年の声だった。
「早く、立ち上がって」
しかし腰が抜けて動けなかった。たぶん蛇ににらまれたカエルとはこんな感じだ。僕は口をぱくぱく首を横に振った。
「仕方ないなぁ、じゃもう少し怖い思いをすることになるよ」
そんなことを言っていたが少年の声音は楽しそうだった。
「ねぇ、なに勝手な話してるの?あたしの獲物横取りする気?」
女の子が不機嫌そうに言うと、少年はさも、バカにしたように笑う。
「俺が?人間の魂を?食うって?あんなもん餌にもなんねーし」
「じゃ、人の食料とらないでくれる?」
ぷーっとふくれる女の子に少年は残酷な言葉を発した。
「俺は死に神殺しの死に神だよ、みすみすあんたを逃す気は無い」
女の子のチェリーピンクの瞳が怯えたように揺らめく、近づく少年の影。
「あ、赤い瞳の死に神ね、思い出した、湖色の瞳の死に神にたてついたのはあなたね」
「馬鹿らしい、たてついてなんかねーし、あいつみたいに人間の体が欲しいだけ」
二人の会話の意味が分からなかった。死に神、魂、食料・・・?なんのことだ?
そんなこと考えてるうちに少年が女の子を押さえつけ片目をえぐった、この世のものとは思えないくぐもった悲鳴があたりに響き、次にもう片方の瞳をくり抜くと女の子は完全に動かなくなり、完全に消滅した。
何かを租借する音の後、少年が振り返る。
燃えるように赤い瞳は、まるで蝋燭の灯りが移り込んだようにちらちら揺らめいていた。
「さっさと帰りなよ、ほかの死に神にねらわれるよ、それとも囮になってくれるの?」
僕は首を横にふるふると振った、言葉がでなかった。少年は笑う。
僕はこの少年の写真を見たことがある。
17年前僕が9歳の頃、物書きをしていた爺ちゃん、横木泰之が亡くなって親戚一同が遺品の整理をしていたときに、古いネタ帳に挟まれていた。
またそのノートには都市伝説だの、死に神だの深い青緑色の瞳をした死に神だの、爺ちゃんの空想だと思われるネタがたくさん詰まっていたが、その中でも悲しそうな目をしたこの少年の顔が忘れられなかった。
「僕、あなたのことを知っています」
唐突だったかもしれないが、少年にすべてを伝えた。
「その、ネタ帳見せてもらえる?」
僕はようやく立ち上がると、首を縦に振った。


「これです」
彼には実体がないので、ノートなどにふれられないらしく、読み終わると僕にページをめくるように指示した。
「しかし、こんな資料どっから集めたんだか、死に神の性質まで事細かに書いてある、しかも人のことまで」
少年は苦笑した。
僕も苦笑した。