ひとりがたり

日常のもの・こと・妄想など

60.轍:浪士と梅吉

抜き身の刀を持ちながら、梅吉は竹藪の中を駆け抜けた。
鞘なんてとっくにどこかへ行ってしまった。
とにかく着の身着のまま長屋から飛び出してきたので、着物も身につけず、草鞋すら履いていない。
目の前に薄ねずの袴に、ねず色の着物を身につけた一人の浪士らしき人物が立ちはだかり、刀を抜いた。
梅吉はとっさに立ち止まり、後ろへ飛び退いた。梅吉のいた場所に刀が空を切った。
「て、てやんでぃ、おめぇら何で俺をつけねらうんでぃ、寝込みをおそうなんざ、悪趣味なまねまでしやがって!!」
叫ぶ梅吉を冷ややかに見つめ、浪士は梅吉に向け刀を構える。
「梅吉さん、それはあなたが一番よく分かっているはずだ、私はただ、初岡様の命に従っているだけのこと」
「初岡だと?ははは、あの、しょんべんたらしの初岡か!!」
梅吉が笑うと、浪士は目を細めた。
「なんと・・・下品な・・・」
「下品はどっちでぃ、竹吉(たけよし)んとこのおゆめにさんざん下品なこと言って、手込めにしようとしたのは何処の誰でぃ、あんたの主人、初岡だろうが!!それでもあんたは、初岡の肩をもとうってぇのかい?」
じっと梅吉を見つめ、浪士は鼻で笑った。
「主人がどんな人間であろうと、こちとら生活がかかっているのでね」
にやり、と梅吉が笑う。
「どんな弱み握られてんだい?」
浪士は表情を変えず、刀で返す。
梅吉は間一髪、自らの刀を翻し、応戦した。
刀が当たり、火花が散る。
三日月の仄かな光が刀に青白く色を落とす。
歯を食いしばったまま、にぃっと笑う梅吉の目は、白目がぎらぎら輝き日焼けした肌は汗で光っていた。
「やっぱな、なんか握られてるんだろ?あんたほどの人間が・・・」
「うるさい」
浪士は小刀を抜いた。
梅吉は身を翻し交わし、浪士の背後に消えた。
「くそう、どこへ消えやがった!!」
辺りを見回すが、梅吉の姿はどこにもない。
かすかに色を落とす三日月の光すら梅吉の姿を捕らえられない。
風がざわめきを運ぶ。
(ぱちん)
小枝を踏みしめる音。
浪士が振り返る。
「わりぃな」
どこからともなく声が響き、浪士の刀は叩き落とされ、身動きがとれなくなった。
背後には黒装束の梅吉が立っていた。
「な、おぬしは何者だ!!」
上目遣いの梅吉はにぃっと笑った。
「しがないただの用心棒ですよ。ただの・・・ね」
そしてふっとまた暗闇に溶ける。
「ま、まさかおぬしは!!あの忍者梅吉か!!」
闇に向かって叫ぶ。
「昔の話でございやすよ。我らの流派はとっくに滅亡しやしたから・・・所で、あんたを縛ってる紐、丁度良い紐がなかったもんでね、あんたのふんどしを使わせてもらいやした。悪くおもわんでくだせぇ」
浪士は縄・・・いやふんどしをほどこうともがいた。
「チクショウ!!なんて事をするんだ!!これでは恥の上塗りではないか!!」
再び暗闇から姿を現す。
「初岡の所で下銭のものの寝込みを襲うなんて言う事をしてるお侍さんにゃあとっくに恥も外聞もねぇと思っておりやしたがねぇ・・・」
にまっと笑う。
「じゃ、これをはずすかわりに初岡を懲らしめるのを手伝っていただけやせんか?それと、あんたが初岡に掴まれてる恥ってのを教えてもらえねぇか?」
「わ、わかった、何でもする」

こうして、梅吉は浪士の弱みを握り、初岡を懲らしめた。
町の物見櫓にでっぷりと太ったふんどし姿の初岡をはりつけにし、ふんどしの前に暴言を書いた7尺ばかりの紙を挟み見せ物にした。
朝日が昇る頃、野次馬が黒山の人だかりを作り初岡はただただ助けを求める声を叫んでいたが、だれひとり初岡を櫓から下ろそうというものは現れなかったという。

梅吉と浪士は、と言うと。
「梅きっつぁん、大江戸屋の放蕩息子が3件どなりの薬屋の娘をかっさらってな、かってに祝言あげよとしてるらしいぜ」
団子屋の竹吉の後ろには申し訳なさそうに薬屋の主人が突っ立っていた。
「で、今回の仕事はいくらになるんだい?」
梅吉がにまっと笑うと、薬屋は金子を取り出し目の前に一枚づつ置いていった、計3両。
「3両かい、梅吉さんどうする?」
浪士が梅吉に目配せしながらささいた。
「良いだろう、松五郎さんこれで引き受けよう」
そう、梅吉と浪士松五郎は万屋を営んでいた。
今日も二人は竹吉の団子屋の一角で町人を助け、悪をくじくのだ!!