ひとりがたり

日常のもの・こと・妄想など

84.鼻緒:梅吉と浪士2

「で?なんだってんだい、油屋の息子が」
「しらねぇよ、そのあとぁ、三珠川でどざえもんになっておっちんだとか、辻斬りに殺されたとかぁ、名前を変えて生きてるとかぁ、色んな噂が飛びかってる」
団子屋の竹吉の所では今日もこんなうわさ話が飛び交っていた。
かつて敵同士でひょんな事から一緒に梅吉が営んでいたよろずやを手伝うことになった浪士・松五郎は拠点である竹吉の団子屋で、蜜団子をほおばっていた。
「竹吉殿、今日は梅吉殿はいかがなされた?」
「あぁ、まっつぁん、次の団子はいいのかい?梅きっつぁんならよ、例の行方不明んなってるっつぅな、油屋の息子を調べて回ってらぁ」
松五郎は立ち上がり、立てかけていたか刀を腰に差した。
「お、おい、まっつぁん、団子・・・いったいどこ行くんだい?」
「仕事なら、仕事だと言ってくれればよいものを、何故拙者はいつもはぶにされるのだ、拙者とて一侍、梅吉殿の足手まといになる気などもうとうござらん」
松五郎は、そう言うと、団子屋から出ていってしまった。
取り残された竹吉は、手に持ったあん団子を口に運びぼやいた。
「ち、先走りやがってぇ、梅吉はなぁ、ちゃんとこころえてんだよ、コマの配置って奴を」

「こ、ここが油屋か・・・まことに、でかい屋敷であるな」
松五郎は屋敷の門の前に立って見上げた。
「何かご用でございますか?」
下男とおもしき若い男が松五郎に声をかける、いかつい面もちの松五郎が屋敷をあほヅラで覗いていたのだ、怪しまれて当たり前と言えば、当たり前である。
「うむ、まことに失礼した・・・その・・・行方・・・」
不明の息子はどうなった、と言いかけ口を開きかけたときである。通用口から出てきた梅吉に言葉を遮られる。
「何だぃ、平助じゃあねぇか、おうぅひさしぶりだねぇ、どうだいあっちの仕事は・・・」
「う・・・」
「あぁ、おれだ、おれだ、忘れたのかい?吉原近くの本菊屋のヤニ吉だよ」
梅吉は、松五郎に近づき、顔をのぞき込みながら目配せをする。どうやら話をあわせろと言っているようだった。
「あ・・・あぁ、そうであったな、う、いやヤニ吉殿あっちの仕事は・・・まぁ、何とか上手くやってるよ」
適当に話を合わせる。
梅吉はにやりと笑う。
「旦那もよくやるねぇ・・・まったく、何人お抱えもってんだか・・・で、どうなんだい?今日は誰のところへ・・・」
卑猥な話しになりつつある二人の会話を聞き、若い男はあからさまに嫌な顔をした。
梅吉は男に向かって、笑いかける。
「失礼しやした、こんな話し昼まっからするような話じゃのうござんすね」
初老の男に向かってちょいと頭を垂れると梅吉はその場を立ち去った。
「うむ、拙者も、失礼した。ではこれにて」
松五郎は顔を真っ赤に染めて、その場を立ち去った。
その場に残ったのは、真っ赤に染まった楓の落ち葉と若い男だけであった。

ここは竹吉の団子屋である。
梅吉と松五郎は店の一番奥の座敷に向かい合って座り、梅吉にはヨモギ団子、松五郎には蜜団子が目の前に置かれていた。
「まっつあぁん、あんたどういうつもりだい?」
梅吉は腕を組み、半分呆れながら松五郎に問うた。
「す・・・すまぬ・・・拙者が大人げなかった」
「すまぬで済むかどうかの問題でぃ、大体まつっあぁんあんたってやつぁ・・・」
いかつい面もちの松五郎が、小柄で一見女みたいな面もちの梅吉にどやされている。
しかも身分は梅吉の方が下だ。
しかし、松五郎は神妙に受け止め、しゅんとして頭を垂れた。
「梅っきっつぁん、許してやんなよ、まつっあぁんこんなに反省してるじゃないか」
竹吉が梅吉をいさめる。
「わかったよ、仕方ねぇ、違う方法で行くか」
松五郎が面を上げた。
「違う方法とは?」
にやり、と梅吉が笑う。
「あんたぁ、今日から女郎屋の用心棒平助だ。しかし、おれは油屋のお匙としてたまには入り込んでたんだが、あんたを連れいって、知り合いが仕事に困ってるから油屋の護衛に当たらせちゃあくれねぇかと言っておく、ちょいとな、知りたいことがあって油屋の内部を探って欲しいんだ」
松五郎はにっと笑う。
「容易いご用でござるよ」

翌日、平助こと松五郎はお匙のヤニ吉の紹介で用心棒として雇われることとなった。
二人にとって、仕事をこなしながら探りを入れるのは容易いことだった。
もとはと言えば、松五郎は用心棒として喰いぶちを繋いでいたのだし、梅吉は今は無き忍者一族の長であった。薬の調合・医者の仕事など朝飯前である。
そして数日後。
「ち、これだから女ってやつぁ・・・」
梅吉はぽりぽりと頭をかきながら、大きな桜の木に背を預けていた松五郎の横に並ぶ。
「だいぶ手を焼いてるようでござるな、拙者に言わせればこれだから色男は・・・う、すまぬ」
松五郎は梅吉が睨め付けるのを確認し、即刻謝った。
「好きでこんななりしてるんじゃねぇよ」
一呼吸置いて、梅吉は再び口を開く。
「おれとしては、せがれはこの屋敷の中にいるって踏んでるんだがなぁ、主人はしらねぇみてぇだな、しかも日に日に病状が悪化していやがる」
「いやしかし、そのなりでお匙なら・・・」
「なぁに、馬鹿なこといってんでぃ、あんたの方はなんかわかったのかぃ?」
梅吉も桜の木に背を預け、足下の木陰を見つめた。
「これといって怪しいところはござらんが、女中たちの噂によるとほら先日の若い男・・・えぇと下男の小太郎左あいつが留守であるはずの息子の部屋へ入っていくのを見たというものがいた、とのことだ」
松五郎が言い終わると梅吉はしばし思案し、梅の木から背をはなす。
「噂・・・か・・・平助殿、私はもういとま致します故に、どうかご主人様のことを宜しくお願い申し上げます、では」
にこやかに挨拶をして去っていく梅吉の向こう側の縁側には、小太郎左が探るような目つきでじっと二人を見つめていた。

「おぉぅ・・・」
屋敷の中に主人の悲しみに打ちひしがれる声がこだました。
主人の手の中には、息子のためにしつらえた下駄の鼻緒と息子のものであろう髪が握りしめられていた。
そして、膝には一枚の文がのっている。
内容は、『明日 子の刻 三珠川朱門金30両用意されたし、さすれば数日の後、田村鵜右衛門を解放する』と言うような文言であった。
「御主人、どうするんでぃ?30両なんてぇ大金・・・」
梅吉が手紙を慎重に調べながら聞いたが、主人はしばらく涙で声を出せなかった。
「梅吉殿、わしはあれが無事に帰ってくればそれだけでよいのです」
床の上の主人の肩に着物を掛けながら、梅吉は微笑む。
「そうかい・・・明日だろ、御主人、俺の方に心当たりがある、ちょいと探ってくるそれと・・・あんたはもしかしたら毒を盛られてるかもしれねぇ、誰か、心当たりはあるか、些細なことでいい、あんたと息子に何か恨みかなんかあるやつぁ・・・」
主人は、「まさか・・・」と呟きしばし思案した。
「ほんの些細なことなんですがねぇ、一月前小太郎左を道具屋に使いに出したんでさぁ、ちょいと修理に出してた道具を取りに行くだけってぇのに、数刻かかった後やっと帰ってきて理由を聞いたんですが、それにも答えない、そんなこと初めてだったので注意だけですましたんですがね、それ以来小太郎左の様子が少し変なんです」
「どのように?」
「えぇ、あいつぁあんな顔じゃなかったんです、ほら、今やつれて目のしたには隈で酷い有様でございますでしょ?しかし、ここに来たばっかの頃はもっとましな面してたんですわ」
梅吉は、にやりと笑う。
「えぇ、大体、わかりました」
「何がです?」
何がなにやらわからぬ主人をおいて、梅吉は主人の部屋の前のぬれ縁に出た。
「平助殿、ご主人様はただいま休まれました、ご主人様からの言伝です『この部屋にはワシが起きるまで何人たりとも入れるのではない、絶対に』とのことです。ですから・・・誰も絶対に近づけないでください」
廊下を忙しく行き交う女中にまで聞こえるように梅吉は言った。
そして、平助こと松五郎には声に出さずに(主人は毒を盛られている、俺が帰るまで絶対に目を離すな)と伝えた。
松五郎は堅く頷き、姿勢を正した。

梅吉は竹吉の団子屋と屋敷の途中にあるほこらの裏側で動きやすい格好に着替えた。
(小太郎左は道具屋で油屋親子の情報をなにやらつかみ、毒を盛り、身代金をせしめるという計画を思いついたのではないか?)
漠然とだが、梅吉は頭の中で整理していた。
息子の失踪に道具屋も一枚噛んでいて、小太郎左は道具屋に何らかの弱みを握られ主人に毒を盛っている。しかも、主人が倒れたあとの奉公先まで決まっている。
しかし、裏付けがない。
梅吉は道具屋へ忍び込んだ。
「う、鵜右衛門殿!!お辞め下さい!!」
「うるさい、私は、あの家には帰りたくないそれに、それに・・・私は道具屋の方が向いている。もしそれが叶わぬのなら、私は、命を絶とう」
鵜右衛門が短刀を自らの喉に向ける。
(ち、めんどくせぇ)
天井板をはずし、梅吉は畳の上に降りると、鵜右衛門の手を軽く捻って短刀を奪い取った。
「わりぃな、ちょいと話を聞かせてもらった」
「く、曲者か?」
にやっと、梅吉が笑う。
「あんたぁ、人に恨まれるようなことでもしたのかいぃ?」
道具屋の主人は、目を見開き驚いているようだった。
「油屋の馬鹿息子のために、わざわざあんたが何でそこまでするんだ?小太郎左のことをあんたゆすってんじゃねぇか?それじゃきゃあいつぁ油屋の主人に毒なんてもらねぇよな」
「何いってんだい、俺ぁ・・・あいつとは何の関わりもねぇ」
かすかに道具屋の主人の声が震える。
鵜右衛門はぎゅっと口を閉ざしていた。
「おい、鵜右衛門あんた、しってるか?あんたの親父があんたぁ、さがすため、俺にいくら払ったか・・・そして、こいつと、小太郎左にいくらはらおうとしてるか、お前はしってんのか?」
鵜右衛門の顔が僅かに驚きの表情へと変わった。しかし、すぐに目を伏せた。
「しらねぇよ、あんなやつ」
梅吉はにやっと笑い、鵜右衛門の頬を思い切り殴りつけた。
「てめぇ、あまえんのも大概にしろっつってんだ、お前は道具屋の息子じゃねぇんだ、たとえ道具屋の実の子だとしてもだ。油屋に育てられ、可愛がられ、おまえは・・・」
がらり、と障子の開く音。
「そうです、もう、やめましょう鵜右衛門様わたくし小太郎左は旦那様に毒を盛ったことをお奉行様に届け出ます、あなたは旦那様の所へかえってやってくだせぇ、道具屋の主人、かまわねぇだろ、それに、俺には償うべき咎がある」
「ちょ・・・おい、小太郎左良いのか!あれがばれればおめぇは・・・」
小太郎左はにっと笑う、依然あったときとは大違いに良い顔だった。
「かまわねぇさ、俺ぁ・・・死罪でも引き回しでもどうしたって俺の罪は消えるわけじゃあねぇ・・・」
梅吉は目を伏せる。
かくして、鵜右衛門は無事油屋へと帰った。

竹吉のだんごやにて。
「しかしなぁ、梅吉殿、まさか油屋が小太郎左をかばうとは・・・」
油屋は小太郎左をかばった、故に刑が軽くなった。
梅吉は餡の乗ったヨモギ団子をほおばる。
「まっつぁん、油屋の主人はな、あの馬鹿息子が無事戻ってきただけで満足なんだとよ」
「しかしなぁ・・・」
松五郎はまだぶちぶち言っていた。
梅吉はまたヨモギ団子をほおばった。