ひとりがたり

日常のもの・こと・妄想など

30.通勤電車

30.通勤電車
いつもなら、ひどいすし詰め状態なのに、今日は様子がおかしかった。
なにやら、席はまばらに空いており、さながら、休日の早朝、と言った感じだ。
俺は、容赦なく、座席に着いた。
しかし、落ち着かない、何かが違う。
まるで、別次元にでも来てしまったようだった。
東京特快東京行き。
いつもと変わりない時間で、いつもと変わりない停車駅。
しかし、車内の様子がいつもと違う。
俺はそわそわしつつも、文庫本を取り出し、読み始めた。
いつもなら読み始めれば、すぐにその世界に没頭できたが、今日は様子が違う。
落ち着かない。
ふとした考えが頭をよぎる。
祝日か何かだろうか?俺は祝日と平日を間違えているのではないだろうか。
携帯を開いて、スケジュールに目をとおす。
特に、祝日とか休日ではない。
では、なぜだ、なぜこの電車は通勤電車なのに空いて居るんだ。
俺は、車掌を片っ端から捕まえて問いただしたい衝動に駆られた。
しかし、3号車には車掌は居なかった。
俺は、半ば苛々しつつ、乗客の様子をうかがった。
乗客も特に気にしてる風ではなかった。
これが、当たり前という感じだ。
腕時計を見つめる。
いつもなら、この時間目的の駅まで、爆睡している時間だ。
気晴らしに、中吊り広告を眺めるが、気晴らしのようで、気晴らしになっていない。
いつものことが、いつも通りに進まないことがどんなに違和感があるか。
俺は身をもって知った。
次の駅で、沢山の人が乗車してきたが、いつもより格段に空いていた。
がしかし、彼らの会話に耳を疑う。
「電車に乗れば・・・・・」
「天国ですか?」
「あぁ・・・無理でしょ・・・間違いなく閻魔様の前ですよ」
「地獄・・・・天国・・・逝く・・・」
彼らは間違いなく、何かの宗教に取り憑かれてるような話をしている。
天国がどうの、地獄がどうの・・・俺は、まるで彼らが頭のいかれた人間であるかのように、しげしげと見つめてしまった。
俺の横に、婆さんがひとり座った。
「死因は」
俺は、何がなんだか解らずに「はぁ?」っと、声を漏らしてしまった。
普通、死因は、なんて他人にいきなりするような質問じゃない、きっとこの婆さんはぼけて居るんだ、俺は、愛想笑いをして、文庫本に目を移した。
しかし、しつこく婆さんは俺に聞く。
「あたしは、心臓発作だったんだけどね、あんたは若いから、事故か何かかな?」
俺はと言えば、引きつった笑み。
本当に、事故かなんかで死んだような気分になってきて、今朝の自分を振り返ってみる。
一瞬、何かを思いだしかけた。
薄汚れたガードレールと、車、うすら笑った男の姿。
胸の辺りがチクリと痛み、俺は目を瞑る。
なんだ、この記憶は。
まったく覚えていない。
いつもの駅に着いたので、俺は電車を降りた。
そして、背後でドアが閉まった瞬間、全てを思い出した。
びっくりして、口に出してしまったほどだ。
「俺、ガードレールに挟まれて、死んだんだ」
思い出すと同時に、また、電車の中に戻っていた。