ひとりがたり

日常のもの・こと・妄想など

38.地下鉄

電車が通り過ぎたあと、早朝で殆ど人が居ないホーム背後に気配を感じ、僕は懐から銃を取り出し、安全装置をはずしておく。
相手の銃口が自分の後頭部にたどり着く前に、俺は振り返り、そいつの眉間に照準を合わせる。
コートが翻る。男は笑う。
「物騒な物、持ち出して・・・」
「人のこと、言えないと思うけど?」
僕は口元だけを笑う形に変えた。
目は、そいつを睨んだまま。
そいつの銃口も僕の眉間に照準を合わせている。
「親友に銃口向けてるなんて、イかれてるね。」
「お互い様だろう」
「スミスアンドウェッソンM61通称、エスコート護身用か・・・普段は何使ってる?」
「みすみすあんたに教えるかよ」
サックスレリオットは、銃口を下げる。
僕は、銃口を奴に向けたまま。
「引き金引けば、あんた死ぬよ」
「でも、お前は引けないだろう」
「どうだろう?試してみたら?」
「ここで引いたら、例のもんが誘爆する」
「かまわないね」
サックスレリオットは、そのすみれ色の瞳を細め、笑った。
そう言うときは、あり得ないくらい機嫌がいいんだ。
まだ、何か企んでいる。
「お前の大好きなアリスが、すぐそこの廃墟でお前を待ちかねて眠っていた」
「そんな訳無いじゃないか。アリスは、あんたを愛していた。」
「でも、お前の子供を産んだじゃないか」
僕は皮肉に笑う。
「僕が自分の汚れた遺伝子を残したいと思う?初めの時はただの気まぐれ、アリスの時は僕の所為じゃない、アリスがいけないんだ」
サックスレリオットはゆっくりと僕に近づいた。
「松谷陽一郎、君はいつだって、人の所為だ。棗一を手に掛けたときも、養子先の両親と義姉弟を殺したときも、君は、全て人の所為にする。」
「本当に、僕の所為じゃないんだ。」
「陽一郎、菊野香月は深い眠りについた。お前はアリスに会いに行ってやりな。それと、お前とアリスの子供、なんて言ったっけ?あぁ、葵春、あの子はもう5歳になったそうだ。アリスそっくりの可愛い子供だった、アリスは泣いていたよ、永遠の別れになると解っていたらしい。」
僕は、あいつの言っていた廃墟へと走り出した。

長くて赤い髪がまるで模様のようにコンクリートの打ちっ放しの床に、広がっていた。腹部と、眉間を直撃した弾は、壁にめり込み、壁に血と、脳の中身をばらまいていた。
弾は、ホローポイント弾、サックスの愛用銃は口径のでかい銀色のデザートイーグルを使っているから、威力も半端ない。
一発目が腹部、止めに眉間。
一発目が当たった時点ではアリスは生きていただろう。
苦しかったはずだ。生きてる人間が想像できないぐらい、ひどい痛みと苦しみを味わっただろう。どれぐらいの時間苦しんだのか、僕には解らないけど、多分数十秒か、それ以下だろう。
眉間から侵入した弾の所為で、後頭部が丸ごと吹っ飛んでいた。
目は見開いたまま、涙のあとがあった。
何を考えていたんだろう、サックスレリオットのデザートイーグルの銀色の暗く深い銃口を観ながら、今となっては何も解らない、彼女の思考回路はもう断絶した。
床に散らばって、冷たい肉片と化したのだ。
僕は、冷たくなった彼女の体に触れた。
あの時みたいに、何も感じない。
僕が殺してきた人間と、まったく変わらない感触。
『死』のあとの世界を書いた本があったけど、多分『死』のあとには何もない。
全てが『無』に帰し、体はただのタンパク質など化学物質で出来た物体となる。
『死』はあっけない。
そのうち、僕も同じ物になるんだろうけど、そんな物に興味は湧かない。
ふと、気配がして、僕は振り返る。
「どうだった?アリスの死は?」
サックスレリオットだ。
僕は心からの笑顔で、答える。
「いつもと変わらないよ」
サックスも笑う。
「そう、それは良かった」
「何も感じないんだ、棗一や、里親を殺したときと同じで、好きだったのにまったく何も感じない。先生の実験は成功だったのかもしれない。殺人者の遺伝子から殺人者が出来るのか。出来ることなら、今すぐ先生に報告したいけど、先生は死んでしまった。」
僕は持っていたエスコートを床に落としてしまった、暴発して、飛びだした弾でガラスに蜘蛛の巣状のひびが入る。
「先生が死んだのを観たときだけだった、僕が何かを感じたのは、それ以来、何も感じなくなってしまった、まるで僕に棗一が取り憑いたかのように、僕は・・・」
サックスが、僕の肩に触れる。
まるで、兄のようだった。
「安心しろ、棗一はお前がやったことをしていない。」
サックスは微笑む。
「肉親殺し」
僕は、すっと目を細める。
コートのポケットに手を突っ込んだまま、肩に触れていたサックスの手をふりほどく。
そして、笑った、僕は笑っている。
「確かに、そうだね、じゃ、何?次は、僕の元となった遺伝子を提供した本当の両親を殺したらいい?」
僕の目をじっと見つめ、口を開く。サックスはいかにも楽しそうに、先を続けた。
「肉親殺しは、楽しい、他の誰もやらないから。どうせ、陽一郎の両親は死刑囚だ。あの研究所に遺伝子を提供したから多少恩赦が出てる多分、死刑は取り消し、無期懲役。時間はたっぷりある」
僕は、脇のホルスターに隠してあった、お気に入りの銀色のコルトに触れた。そして、微笑む。
「もう少し、もう少しだけ、僕にはまだやりたいことがあるから、それはあとにとっておくよ。」
今の興味はそこにはない。
僕の腐った脳は、悪の根元である僕の遺伝子提供者には何ら興味はない。
僕はアリスの死体をそのままに、エスコートを拾って空薬莢を回収する。このエスコートは処分しなくてはいけないな。
僕はポケットにエスコートを突っ込んでふたたび地下鉄の駅へ向かう。
電車に乗り込んで5駅目で降りて、橋の上から川の真ん中へエスコートを放りなげた。
エスコートは綺麗な宝物線を描きながら、くるくる回り夜の街灯できらきら光る川に波紋を作った。
まるで、独りの女性をエスコートして居るみたいだった。