ひとりがたり

日常のもの・こと・妄想など

65.冬の雀

黒デニムにちょっとよれよれのトレーナーを着てその上に黒のジャンパーを着た黒髪短髪のめがねをかけた男は、頬に冷たい風を感じながら、丸々太ったふわふわの冬の雀を眺めていた。
真下蜜雪だ、彼は冬になると思い出す出来事がある。
いとこの真下秀が、殺され、山奥深くの滝壺に捨てられたことを。
公園のベンチに座り、煙草を口にくわえる。Zippoのオイル臭と煙の香り。
ライターと煙草を再び、ジャンパーのポケットにしまい、ぼんやりブランコを眺める。
雀が、ブランコの上と地面をぴょんぴょん行き来している。
多分、こどもが食べたであろうスナック菓子のゴミがおいてある所為だ。
雀がついばむ。
地面をしきりについばむ雀。地面に違和感がある。
近づくと、雀は飛び去った、雀がついばんでいたのは人間の指だった。

「佐伯、何か分かったか?」
佐伯、と呼ばれた女性は、紺色の鑑識課のジャンパーに同じ色の作業着、茶色の髪はひとつに結わえて鑑識課と書かれた帽子の中にまとめ、虫取りをしている少年のような瞳で真下を見つめた。
「真下さん、あなた凄い物見つけちゃったかも」
真下は、眼鏡の奥で訝しげな表情をする。
「凄い物?」
指の入ったサンプルケースを目の前に差し出される。
「見覚えない?ほら、ここの切断面に付着した塗料」
「10年前の・・・」
「高山町児童殺傷事件の犯人が残した痕跡と一致・・・ですよね?」
背の高い、黒髪をつんつんにたてた若者が佐伯と真下の間に横から強引に入ってきた。
「そうね、上杉君、一致するかは、分からないけど。検査室で分析してみるわ」
佐伯が黒髪つんつんの上杉にほほえみかけると、上杉はでれっとしながら、佐伯を見送った。
一方真下は、高山町児童殺傷事件との一致が腑に落ちないらしい。
「上杉、何か情報は?」
「はい、高山町児童殺傷事件の犯人、当時14歳の少年ですが医療少年院での更正が終わり、名前を変えて今はこの辺りに住んでいます。近くのモールで働いていますよ、なんならいってみますか?」
「やめとこう、とにかく、お前はここら辺の病院でも当たってくれ・・・あぁ、せっかくの休日なのに」
真下がため息を付くと、上杉はにやにや笑い真下を上から下まで眺めた。
「ほんっと、完全にオフって感じっすね」
「上杉・・・だからお前は佐伯さんに気にかけてもらえねぇんだよ」
上杉は、真下を不思議そうに見つめた。
「気にかけてもらえてないって、なんでわかるんすか?」
真下がにやっと笑い、ぽんと肩を叩いた。
「がんばれ」
そう言うと真下は着替えをしに家に戻った。

濃灰色にさらに少し濃い色でピンストライプの入ったシングルのスーツに、白色のシャツネクタイはスーツと同系色の青系を選んだ。
その上に厚手のカシミヤのコートを羽織って、手袋とマフラーで真下は完全に仕事モードになった。
久々にコンタクトを入れてみた。
たまには良いだろう。
再び現場に駆けつける。
「おつかれさん」
上杉声をかけ、缶コーヒーを渡す。
上杉はそれをぽっけにしまい、カイロ代わりにしている。
「で、周囲からは何も見つからない?」
真下が佐伯に問いかける。
「そのようね、指一本だけ腕すら出てこない、もちろん死体も」
つまらなそうに呟いた佐伯を観て、真下は苦笑する。
「じゃ、取りあえず、指だけでも調べてくれないか?それでガイシャが生きてるか死んでるかわかればいいけど・・・」
「えぇ、ついさっき、検死から電話があった。おそらくガイシャは死んでるわ」
やっと佐伯がつまらなそうに呟いた理由がわかった。
死んでいるのに死体がない。
「指の切断面からの推測に過ぎないけどね。指だから推測の域を出ないけど、少なくとも、この指を切断したときにはこの指に血流はない状態だった。指の切断面付近に鬱血のあともみあたらない、死んでるか指に血流が行かない状態での切断になるってわけ。」
北風に木葉が舞う。
「じゃ、死体は?何のために?」
真下が指の落ちていた地面を見つめる。
「所で、今日、眼鏡は?」
佐伯の問いかけと同時に、真下の携帯が鳴った。
「たまには、気分転換のため」
そう言って佐伯に向かって微笑み、電話に出た。
「上杉、お疲れ。ん?中原区河川敷?瀬戸南橋付近?あぁ、今から向かう。あぁ、大丈夫佐伯さんいるから。一緒に行く」
携帯をぱちんと閉じ、ポケットにしまう。
「死体?」
楽しそうな佐伯の問いに、苦笑する。
「あぁ、親指のない、男の死体。瀬戸南橋付近で見つかったそうだ」
佐伯はにこりと笑った。佐伯自体も不謹慎だとはわかっていたが、科学捜査に携わる人間は大体パズル好きだ、そんなパズル好きが新しいピースをみつけて喜ばないはずがなかった。


橋の下に放置された死体の外観を眺める。
銃口を口に突っ込んで発射したらしく、頭の半分以上が吹っ飛んでいた。
ぐったりとした掌には拳銃が引っかかっている。
右手の親指がない。
争った形跡も無し。
ポケットを調べると、中には遺書が入っていた。
完全に自殺だった。
しかし、死体を検死した結果、親指を切り取ったのは確かに男の心臓が止まってからだという結果だった。
「じゃ、別に親指を切断した犯人がいると・・・」
上杉が、親指の断面の写真を眺めた。
「そうね、この事件は引き続き、私の方で調べてみる、何かわかったら同行して」
「あぁ、わかった」
そしてひとまず事件に幕を引く。