ひとりがたり

日常のもの・こと・妄想など

87.コヨーテ

見渡す限りの砂漠を歩っていた。
茶色い岩と乾いた草が少し生えている。
夜になればコヨーテが闊歩して、家畜や人を襲うだろう。
空はどこまでも続いていそうなくらい真っ青で、その中に昼の月が浮かんでいる。
わたしは逃げていた。
コヨーテよりも狡猾で、陰険で、しぶとい。
何もない砂漠を右も左もわからないまま走っている。
のどが渇いた。
着の身着のまま逃げてきたから、飲み物はもちろん財布も何もない。
わたしはついに力つきて、その場にくずおれた。
視界がぼやけて、悪寒が襲ってくる。
瞼を開けていられない。
キモチのいい音楽。

『黒い頭蓋の中で腐つた脳が啼いて居る』

さぁ、行こう。天国へ
天国がないなら消えてなくなれ
生きているのが地獄なら、死ぬのも地獄
別にどっちだってかまいはしないさ
ただ、何も考えなくても良い地獄は、死ぬことだ

脳が腐り落ちそうだ
腐臭を放ち、常に頭の後ろにまとわりついている
まとわりついた腐臭が私をこうさせている
腐った根性の付いた人間がうじゃうじゃ居た
私はそんな人間になりたくない
なりたくない

脳が腐り落ちそうだ
頭の後ろから腐敗液を垂れ流し腐っていく
階段を上れない、道を進めない
切り開くべき道を探しあぐねて
今まできた道の道ばたに座っている
しゃがみ込んでいる
動けない

コワイヨ、タスケテ、ひとりじゃ無理だよ
虫がうろついているような影を横目で見かけた
確かめてもいつもそこに虫は居ない
黒い影がうろついている幻影を見るだけなんだ
怯えている。虫の影は、いつも通る
幻覚が現実となる
虫の影がちらつく

それはきっと黒い頭蓋の中の腐った脳の所為
黒い黒い頭蓋の中で育った、腐り落ちそうな脳に這うウジ虫の幻覚

心地の良い音楽、コヨーテの糧となった人間の亡霊の歌か、それとも風の音かはわからなかった。
私はそのまま目を瞑った。