ひとりがたり

日常のもの・こと・妄想など

86.肩越し

独白

空を見上げ立ちすくんでいた。
これからどうすればいいのか、どうするべきなのか。
何もわからないまま、ただひろい青空を眺めていた。

「何も、覚えていないんです」
刑事が僕の顔をのぞき込んだ。
目があったが僕は目を逸らさずに続ける。
「気が付いたら全身血にまみれ、驚いて自分に怪我がないか確かめたくらいなんです」
血にまみれていた服は着替えて今は作業着のような囚人の着るような服を着ている。
あと、4ヶ月で僕は高校を卒業する。
それなのに、人殺しの容疑で僕は今取り調べをうけている。
白のポロシャツに黒のスラックスをはいた年輩で、ビールっ腹を自慢してるような体型のごま塩頭の刑事が、立ち上がり、僕の座っている机の横に立ち机に手を付いた。
「よぉく、思い出してはくれないか?何があったんだ?君があそこに辿り着く前、何でも良い、何でも、血まみれになっているのに気が付く前、君はどこにいたんだ?」
僕は目をつむり、出来る限り「前」の記憶を思い出そうと努力した。
血にまみれて気が付く前、学校の門を出た辺りからぷつんと記憶がとぎれていた。
僕は目を開けて、ビールっ腹の刑事へ向き直る。
「先ほどお話ししたとおり、早めに学校が終わって、門を出たあとから記憶がとぎれていて、血まみれになるまで、記憶がすっぽり消えています。まるで本のページを抜き取ってしまったような感じです」
刑事は肉の付いた二重あごをつんと上げて、腕を組む。
そこへ、新人警察官が刑事を呼んだ。
僕は取調室にひとり置き去りにされた。
ドアの閉まる音。
頭の中に違和感が産まれる。
違和感はどんどん大きくなる。
何が起きているんだろう。
自分に何が起きているかわからないまま、僕はイスから立ち上がり、取調室のドアノブを握る。
躊躇無く回して外に出ると見張りの警察官の首をねじ折った。
(何をしてるんだ?人殺し?そうか・・・人殺し)
そんなことを考えていたように思う。
そんなことを考えながらも、僕は、僕の体は無意識に躊躇せず警察官の手錠と拳銃を奪い取った。
「ニューナンブか好きじゃないんだよな」
僕の声で僕の唇から僕の考えていない言葉が飛び出してきた。
僕の体は何者かにあやつられているようだった。
拳銃が照準を先ほどの刑事の眉間に合わせる。
引き金を引く。
銃声。
反動。
刑事の体が大きくのけぞって。
スローモーションのように床にたたきつけられ。
弾んで。
床に倒れる。
硝煙の香り。
銃声。
反動。
床に転がる制服警官。
ぐったりする人間のからだ。
瞬きまでもスローに感じた。
銃声を聞いて、応援が来ないはずはない、ここは警察署の中だ。
僕の体は躊躇しない。
本来の僕とはまるで正反対の人間になったみたいだ。
倒れている制服警官と、刑事の懐から新たに拳銃を奪い取る。
一丁はリボルバーから銃弾を抜き取ってポケットにしまい拳銃は捨てた、あとの2丁はズボンのウエストにねじ込んで、僕は急いで階段を駆け下りた。
下の階で警官に呼び止められた。
「ちょっと待って、上の階で何が起きたんだ?」
警官が言い終わらない内に僕の体に感覚が戻る。
わなわなと震え、警官の腕につかまった。
「あの、僕の取り調べが終わって、解放されて、それで・・・それで、う、撃たれた・・・撃たれたんです」
震えているのは本当だった。
僕の意識とは関係ないとはいえ、僕の体が人を殺したんだから。
けれども、僕は嘘をついた。
嘘、とも言えない嘘だけど。
「君はここにいてくれ、私は上を見てくる」
「・・・ハイ」
震える僕の肩を叩く。
警察官は僕をみて微笑むと行ってしまった。
再び、僕の体は僕の意識とは関係なく動き出した。
「お前、やればできるじゃん」
明らかに意識だけの僕に呟いた独り言。
(おまえはだれなんだ?)
僕の質問を無視して、1Fフロアの人混みに紛れ警察署の外へ出た。
そこでまた意識がとぎれる。

空を見上げ立ちすくんでいた。
これからどうすればいいのか、どうするべきなのか。
何もわからないまま、ただひろい青空を眺めていた。
空き地ばかりのへんぴなところ。
僕の着ていた服も記憶の最後に残っている作業着ではない。
濃灰色のパンツの上に赤いタータンチェックのシャツ中には黒いシャツを着ていた。
僕の趣味じゃない。
「気が付いたか?」
僕の口が勝手に喋る。
「そんなに驚くなって、今日は何人殺したと思う?」
そんなこと僕の声で、表情で楽しそうに喋るなよ。
(そんなこと聞いてない、あんたは誰なんだ?)
声のトーンが僕が出したことがないくらい低くなる。まったく別人のようだ。
「死神・・・だよ、因みに今日の収穫は9人、人を殺す職業」
(職業って・・・)
僕は呆れて言葉が出なかった。
「こんな都市伝説知ってるか?今までおとなしかった人間が急に人を傷つける事件の犯人を尋問すると、皆同じ名前を口にする」
(それは?)
「イン・・・だよ。必ずそのあと犯人は必ず命を落とす。当たり前と言えば当たり前だ。俺とて警察につかまって、人殺しの出来なくなった人間の体にずっと居座っているほど、馬鹿じゃない」
(僕はどうすればいい?)
死神は声を上げて笑った。
「捕まったり、死ななきゃ良い」