ひとりがたり

日常のもの・こと・妄想など

98.墓碑名

走っている、何かから逃げている、いったいなにからだろう?
少女はそんな疑念を抱きつつ走っている、走りながらふと目がいった先に冬枯れしたサルスベリの木。
夏の間に伸びた枝はからからに乾いて北風に揺れていた。
少女はいを決したように、今逃げてきた道を振り返る。
振り返るなんて生やさしいもんじゃない、睨め付けている。
梅の花びらが風に運ばれて少女と、それの間に吹雪く。
時期は初春まだまだ風は冷たい。
しかし、日差しは柔らかく、桜の蕾が今か今かと開花を待ちかまえている。
『それ』は、おそらく男である、おそらくというのはそれが黒いマントを頭からすっぽりかぶったような姿をしていたからそれのマントの間だからかすかに漏れる吐息から判断するしかなかった。
一方少女は桜色の色無地に乳白の帯髪は苺色のおかっぱ瞳の色は燃えるような赤色をしていて肌の色は白い。
「お前は何者だ」
少女が叫ぶ。
黒マントは無言のまま少女の近くまでより、後ずさった少女を素早い動きで捕らえ、馬乗りになった。
「鬼の目を・・・」
等と呟いていたが、なにやらスプーンのような器具をどこからか取り出すと、少女の瞼に押しあてた。
「や、やめて!!助けて、梅・・・」
少女が気を失うのと同時に、少女のくりぬかれた目玉がスプーンのような器具の上に乗っていた。
その後黒マントの男は、少女の両目をくりぬき溶液の詰まった瓶に詰め懐に入れた。
男が立ち去ると、少女は気が付いたが息をしているのがやっとのようでぐったりと空洞になった目玉を空へ向けていた。
「梅ぇ・・・」
「それは、お前の名前か?」
どこからか声がした。
女の声だった。
「いいえ」
少女はどこからともなく聞こえてくる声に、返答をする。
「名は、何というこのままではお前は死んでしまうだろう」
「蜜蜂」
少女は答える。
声の主は少々沈黙し、何か思案しているようだった。
「よかろう、蜜蜂お前が私に憑き私がお前に憑くそうすれば鬼の命の源とも言われる目玉が無くとも生きてゆけるだろう。よいか?」
少女は首を縦に振った。
「私の名は春霞ここらで一番の老木さ」
少女の体を老木がすくい取った瞬間、老木が若返り、満開の花を咲かせた。
「お前が私に憑き、私がお前に憑いているから今までのようには遠出は出来ないよ」
「わかって・・・・・・います」
空洞のまま笑う。
ふと、目玉が空洞だと言うことに気がついて、袂から手ぬぐいを取り出しかつて目玉があった部分に巻き付けた。
「これで、梅にあっても驚きませんね」
少女はまた笑った。
「お前はよく笑う子だね、目玉を取り返そうとかそう言うことは考えないのかい?」
「考えています、けど、私は春霞さんから離れられないんでしょう?」
一瞬沈黙。
そして笑い声。
「はっはっはっは。確かにそう言ったね、私も歳だねぇ」
少女はにっこり笑う。
「今から、私桜蜜蜂ですね」
「良い名じゃないか」
「梅に自慢しなくっちゃ」
少女は一番太くて丈夫そうなえだの上に寝ころんだ。
これが桜蜜蜂が桜蜜蜂と呼ばれるゆえんである。