ひとりがたり

日常のもの・こと・妄想など

95.ビートルズ 1/3

「ねぇ、シュウシュウ。ちょっと気になったんだけど」
この前発売されたビートルズのアルバムが、シュウシュウの運転する車のオーディオから流れてる。
シュウシュウは以外と、新しい物好きみたい。
・・・っていうか、別に新しくもないのかな・・・。
でも、たまに、最新の洋楽とかも入ってるから、新しい物好きって言う分類で良いのかもしれない。
シュウシュウは、やんわりとブレーキを踏んでいる。
赤信号で止まった。
「何が気になるの?これ以上」
アタシを見つめる瞳は、やっぱりきれいな黒。
黒なんだけど、黒曜石みたいな輝きがある。
アタシはどきどきしながら続けた。
「あのね・・・シュウシュウ車の免許、本当に持ってるの?」
シュウシュウは怪訝そうな顔をする。
「・・・・・・何で?」
ちょっと怒った風に、目を細めながら、前方に視線を移す。信号が青に変わった。
ゆっくりとブレーキをゆるめて、アクセルをやんわり踏み出す。
車が軽く走り出す。
「だって・・・死神じゃん。取る必要があるの?」
シュウシュウはため息をつく。
「あのなぁ・・・千郷、俺達・・・と言うか、なんつーか、俺みたいに実体を持った死神は、ほとんど例がないんだけど、俺は出来るだけ、人間にとけ込もうとしてるから、その・・・えっと・・・色々帳尻を合わせて、免許を持ってることになってる・・・」
今度はアタシがため息をつく番だった。
「持ってることになってるって・・・つまり、無免許なの?」
コンビニに車を滑り込ませて、ゆっくり駐車した。
そして、シュウシュウはアタシの方に向き直る。
「いや、ちゃんと人間だった頃に教習所行って取ったよ、だから、また教習所行くのめんどいし、運転できるし、何より戸籍とかそういうのないし・・・・・・」
語尾がフェードアウトしていくシュウシュウは、さらにアタシから目をそらす。
何か悪いことをしたみたいだった。
アタシは、唇を片方だけあげたて、続ける。
「で、何したの?どうせ何か悪い事したんでしょ?」
「だから、ちょっと帳尻合わせただけだよ、俺にとってはこんなもんレシートと変わらないし。でも、ないと、不便だし。」
またまたフェードアウト。
アタシはシュウシュウから免許証を取り上げた。
そして、思わず大げさに叫んでしまった。
「え、ちょっと、誰これ!!」
シュウシュウは顔を背けて、完全にアタシから視線を逸らしている。
そう、あたしの目に飛び込んできたのは、写真は真下秀だけど、名前が違う。
怒られた犬のように、アタシと目を合わせようとしない。
「ねぇ、ご本人はどうしたの?悪い人で、秀ちゃんまさか・・・」
アタシが秀ちゃんって呼んだのを嬉しそうに一瞬見つめたその瞬間を逃さず、アタシは見つめ返す。
気まずそうに、一瞬止まって、また目を伏せる。
本当にわかりやすい。
「・・・殺しては・・・ないよぅ・・・殺しちゃったら死亡届け出ちゃうからさ・・・ただ、たまーに、体を借りるよ・・・死神の、力なんだ。」
「しんじらんない!!」
アタシは、少し怒り気味にシートベルトをはずし、車を降りる。
シュウシュウは慌てて何か言いたそうだったけど、言い出せないみたいだった。
「のどか湧いたから、飲み物買うだけ!!」
呆気にとられたシュウシュウの顔が面白くって、アタシはシュウシュウに背を向けて、くすっと笑う。
頭の上には青空、ビートルズの音楽が心地よく流れている。

コンビニに入って、無難にミネラルウォーターとチョコレートのお菓子を買った。
シュウシュウの好きそうな、(もっともあまり食べ物は必要ないらしいんだけど)思いっきりオヤジっぽい、酢ダコをかごに入れた。
会計を済ませて、車に戻ると。
飼い主を待っていた子犬のようになっていた。
黙ってれば格好いいのにな。

「ねぇ、シュウシュウおやつ買ってきたよ」
シュウシュウは目の前の酢蛸には目もくれず、あたしの手を取った。
そしてまじめな顔で、それで居て少し照れくさそうに呟いた。
「あの・・・お願いだから、秀ちゃんで良いよ・・・シュウシュウだとやかんっぽいし」
アタシは吹き出した。
「やかんって・・・正直に言えばいいじゃん、秀ちゃんって呼んで欲しいって」
「ば・・・ばか。言えるわけねぇじゃん。」
そう言うと、秀ちゃんは酢蛸を開けて、むしゃむしゃ食べ始めた。
本当に、死神っぽくない死神だ。
アタシが見つめていると、秀ちゃんは、酢蛸を銜えたまま、アタシに言った。
「食べたい?姫様?」
本当は、死神じゃない。こんな酢蛸銜えながら姫様とか言うやつは、絶対に、死神じゃない。
アタシは、にこっと微笑んだ。
「そんな食べかけの酢蛸なんていりませんっ、ね、先急ごう。」
本当は、そんなに焦る必要はなかった。
それに、今日はデートで目的地に向かってるんじゃない。
アタシがお願いして、嫌がる秀ちゃんに無理矢理連れて行ってもらってるだけ。
こんなに楽しそうにしてるけど、多分アタシは秀ちゃんの傷を剔ってるんだろうな、ひどい女だなって思う。
それでも、アタシは見なくちゃ行けない。
あれが夢でなければ、多分それがアタシのたどるべきルートだから。
アタシは、10日前金髪で青い目をした小さな少女に出会った。
少女は、アタシにこう名乗った。
ヨシダズスミ。