ひとりがたり

日常のもの・こと・妄想など

56.踏切(アレックス・小松と松島楚良の物語2)

侍こと、松島がお風呂に入ってる内、あたしはソファの上に寝転がった。
最悪な1日だった。
出社したら、あたしが元男だってばれてて、それを理由にクビになった。仕事を探して断られて断られ続けて、家に帰ろうと思って居たら変態に襲われそうになった。
まさに踏んだり蹴ったり・・・。
だけど、今日の終わりに松島に会えたからそれで帳消しになるかもしれない。
あたしは、あたしがまだ男の子だった頃から松島が好きだった。
あたしがいじめられてると助けてくれたし、何より強かった。
今時の子供のくせに、剣術なんか習ってるし、大体の武道はこなしていた。それに頭も良い、文句無し。
だから女の子にもてたんだけど、松島は誰も寄せ付けなかった。
あたしが友達になれたのは、奇跡に近い。
軽く目を瞑って休んで過去を思い出しているあたしのでこを人さし指でつつく。
「風呂、空いたぞ」
短い髪が濡れて光っている。
灰色のボクサーパンツにほっそりした体に無駄なく付いた筋肉。一見、格闘技の選手のようだけど、そんなに重量感はなさそう、それにしなやかだ。たぶん。
あたしが見つめていると、視線に気づいたのか、振り返った。
「えっと・・・服は、どうしよう?」
確かに、どうしようかと私は少し考えて、思いついた。
「さらしと侍の着物を貸してくれる?」
頷くと、松島は冷たい牛乳を飲み干し、奥の部屋へ消えた。
何で、牛乳なんだろう?
あたしはかってにお風呂を拝借した。

「どぉ?これで少しは昔みたくなったでしょ?」
肩より少し長めの髪を後ろにまとめた。
松島は手入れしていた刀を机の上に置いた。
「胸は締め付けると良くない・・・シリコンが・・・」
「あぁ、大丈夫、シリコンじゃないから」
松島は無言のまま、元いた場所に戻って、刀の手入れを再開した。
「ねぇ、侍、あなたなんで殺し屋なんかになったの?」
あたしはソファに座って松島に問いかけた。
松島はあたしの方をチラリ、と見つめた。
「小松が女の体になったのとたいしてかわりはない、俺は生まれつき殺し屋だったんだ、そう育てられた」
あたしはふぅんといいながら立てた膝におでこをつけた。
「気を悪くしたなら謝るよ・・・でも、本当にそうなんだ」
松島は刀を組み立て直して、柄を握り握り具合を確かめる。
そしてさやに収めた。
さやに収めると刀は一本の朱塗りの棒にしかならない、あぁそうだ、昔座頭市にあこがれてたっけ・・・。
「ねぇ、それ、座頭市?」
松島は笑う。今日はじめて本当に笑ってくれたみたい。
「よくわかったな・・・昔から憧れだったから有名な刀鍛冶に作ってもらったんだ」
さやに収められた刀をことり、と机の上に置いた。
机の漆黒に、朱塗りの刀が映える。
「侍・・・いいえ、松島楚良。あたしね・・・昔から、あなたにあこがれてた」
松島は少しだけ悲しそうな顔になって、刀を手に取った。
「俺は、小松にあこがれられるような人間じゃないよ」
松島は立ち上がり手に取った刀を刀掛けに掛けた。
あたしの方へちょっとだけ振り返って、寂しそうに笑っている。
あぁ、そうね、こういうところ好きだった。
「松島、あたしあこがれてたの、本当にあなたが好き。とてもとても好き」
「だって俺は、男だし、殺し屋だし、ゲイじゃない、どうすればいい?」
松島の言葉に、あたしは後悔した。
後悔したけど、何だかすっきりもした。
心の踏切にかかってた遮断機が上がって、渋滞が解消されてやっと走り出せた感じ。
「いいの、そんな気持ちの人間が居るってわかってもらえれば、あたしは多くを望まない」
松島は私の向かい側のソファに座る。
「じゃ、小松は何を望んでる?多くを望まないと言うことは、少なくは望んでることがあるんだろ?聞いて良いか?」
あたしをまっすぐ見つめる松島の視線が突き刺さる。痛いぐらいまっすぐだ。
「実際問題、どうして良いか自分でもわからないの。多くを望まない、自己満足かもしれないし、そう言う言葉を投げかけることで、今まで通りでいようとしてるただ小賢しい人間なのかもしれない、今まで通りでいようなんて多分難しいよね、だからこんな事言ってごめんなさい」
松島の視線を遮るようにあたしは床を見つめた。
「小松・・・らしいな、好きなもんは好きってか?ありがたいね、まぁ、この街には何でもアリだ、けど、俺にとって小松はあの頃の小松と変わらないんだ、どんな姿になっても友達なんだよ。だから、小松が満足する関係にはならないかもしれない、それでも構わない?」
松島は立ち上がり、一端寝室に消えた。
戻ってきたとき、手には毛布を持っていた。
「俺、ソファで寝るから小松は俺のベッドで寝て良いよ・・・狭いけど」
「気、使わなくて良いのに・・・と、友達なら一緒に寝てよ」
困ったなぁ・・・と言う風に松島は後ろ頭をぽりぽりかいた。
「あぁ・・・まぁ・・・良いだろう」
私はにっこり笑った。
松島の困った顔を初めてみたからだった。