ひとりがたり

日常のもの・こと・妄想など

21.はさみ

「ねぇ・・・蜜雪、はさみって体に刺さるのかなぁ?」
「さぁ・・・刺さったとしても、凄く痛そうだよな。開いたまま刺さったら、じょっきんって、傷口がきれるんだぜ?考えただけで爪の間がむずむずして痛いよ。」

真下蜜雪は、手をわなわなと動かし、恐ろしい顔をしていた。
小瀧嘉浩はまだ、銀色に光るはさみの切っ先を見つめ、微笑んでいた。

「よしさ、それ、危ない人だよ・・・それより、飯、くわねぇの?」
「食べた・・・松谷センセんとこで。アップルパイとコーヒー。松谷センセの珈琲美味いんだぜ。蜂蜜と、シナモンはいってるんだ。」

くくくっと、肩をすくめて笑う小瀧の頭を蜜雪は撫でる。

「無理すんじゃねぇよ・・・松谷のやつ、今度はお前に何したんだよ・・・俺が、松谷を・・・」
「何もされてないよ・・・今日は。ただ、本当にアップルパイと珈琲おごってもらっただけ。本当に美味しいんだって。本当に・・・ほんと・・・に」

小瀧がはさみを握りしめたまま、うずくまる。
昼の中庭を横切る他人が、小瀧を一別し、去っていく。

「本当は・・・松谷センセ、殺してやりたいぐらい呪ってる。憎んでる。俺って、そんな人間だったけ?」
「少なくとも、俺の知ってる限りでは、お前はそんな奴じゃなかったよな?松谷が来てから、お前は・・・」
「分かってるんだ、分かってるけど・・・駄目なんだ・・・あいつを拒めない。本当に、殺してやりたいんだ!!なのに・・・あいつは・・・」
「もう良いよ・・・小瀧。俺は、お前の味方でいるから。お前の側でお前のこと壊れないように、な。」
「怖いんだ・・・本当に、殺してしまいそうで。でも、あいつはその前に俺を殺すかもしれない。あいつの、目が、怖い。あの、銀色の縁の眼鏡の奥からのぞく、あの瞳が、俺には耐えられない」

小瀧は俯き、はさみをおいた。
銀色のはさみが、きらりと反射して一瞬蜜雪の顔を照らしたので、蜜雪は目を細めた。

「拒めばいいのに、小瀧が拒めないのは他に理由がある?そんな、殺したいほど、憎いんだろ?」

蜜雪は優しく微笑んで、はさみを何気なく自分の鞄の中へ引き入れた。
また、きらりと光る。

「分からない、蜜雪、俺って、なんか変だよ。何で、あいつ拒めないんだろう、何でだろう。何であいつに溺れる必要があるんだろう。ねぇ、蜜雪、死んだ方がいいのはあいつじゃなくて、俺なのかもしれないね。」
「馬鹿なこと言ってんじゃねぇよ。お前、何も分かってねぇのな、俺も人のこと言えねぇけど。生きる、死ぬの問題じゃねぇんだよ、つまりは、お前があいつを拒むか拒まないか。それだけじゃん。あいつの為にお前が死ぬ必要はねぇんだよ。お前が死んだら悲しむ人間が、少なくとも、ここにはひとり居るわけだし。てか、そんなこと言わせるんじゃねぇよ・・・はずいし。俺が、恥ずかしくて死にそうだよ」

照れたように笑う。
グレーの瞳が光に反射して、とても綺麗だと、小瀧は真下蜜雪の瞳を見つめた。

「よし、良いか、ここにいるのは、いつもお前の味方でいる人間だ。てか、決めた。俺お前みたいな奴が増えないように、刑事になる。つか、刑事かっこいいしな。」

くす、っと小瀧が笑う。

「思いつき?まっしーみたいな奴に、刑事が勤まるかなぁ?」
「それって超失礼じゃねぇ?まぁ・・・いいや」

真下はポケットに手を突っ込んだ。

「今日は、さぼるか・・・」
「何いってんだよ、刑事になろうって人間が・・・」

小瀧は立ち上がり、空を見つめる。
はさみは真下の鞄に入ったままだ。
少しだけ微笑んで、行きますか・・・と言った。