ひとりがたり

日常のもの・こと・妄想など

94.釦・ボタン

「ボタンが邪魔だよ」
にっこり笑う彼の笑顔に負けて、あたしはシャツの釦を二つはずした。
「うん、それで良い」
またにっこり笑う。
さっきの不機嫌が嘘みたいに今は機嫌がいいみたい。
ゆっくりとあたしの頬に手を添える。温かい手だった。
「こうやって、やるんだよ」
頬を撫でていた掌が、首を伝い、ゆっくりと鎖骨をなぞる。
次に首筋に降ってくる、キス。
あたしは恥ずかしくて真っ赤になる。
彼の唇があたしの首筋を伝う。
やっぱり温かい。
「ん・・・」
あたしが声を出しかけたとき、彼のすべての動きが止まった。
そして、あたしの顔をのぞき込む。
「ゴメンね、ちょっと、危ないかもしれない」
意味が分からなくてあたしは彼の瞳をのぞき込む。
「綺麗な色・・・湖みたい」
「だから、ゴメンね、俺、こうなっちゃうと多分駄目だから」
「何が?」
「きっと君のこと・・・しちゃう」
・・・の部分が聞き取れなかった。
「良いから、ほら、釦・・・」
彼の長い指が、あたしのシャツの釦を元の通りにかけ直した。
「これで、元通り」
にっこり笑うけど、今度は騙されない。
「何で、やめたの?」
「言ったじゃん」
彼の目の色が元通りの漆黒に近くなってる。
「聞こえなかった・・・何で?」
彼があたしの髪を撫でて、優しく笑う。
今度は完全に漆黒の瞳に戻ってる。
「俺は、死神だからああなると、君を、君の魂を抜き取ってしまうから」
少し寂しそうに、彼の瞳が俯いている。
今度はあたしが、彼の黒い髪を撫でた。
「大丈夫、もし、そんなことになってもあたし後悔しないから」
「君は大丈夫でも、俺が後悔する」
力無く笑う、彼が愛おしい。
「ほら、良いから、こっち来て」
「うん」
あたしに近づく死神は死神に見えないほど、綺麗だ。
だけど、人を殺すとき、その瞳は深い青緑色になる。
どこかの町の都市伝説で語られた黒い死神。
人間にとってはとっても怖いのに、あたしは人間じゃないのかな。
彼は言った、魂の色って人によって違うんだよ、って。
もし、あたしが死ぬときは、彼にあたしの魂の色を観て欲しい。