ひとりがたり

日常のもの・こと・妄想など

69.片足

造園会社の畑の中で、片足が切断された男性の死体が発見されたのは、午前6時のことだった。
発見者は、畑の所有者である、造園会社の社長。
中山健三、47歳。
先代の社長がドロップアウトして、3年前に社長職を次いだばかりだった。
死体に血液の流れ出たあとはない、目を、見開いたままの死体は、朝露を受けて、少し湿っているようだった。

「で?足は近くになかったのか?」
黒髪で眼鏡をかけた濃灰のスーツの男、真下蜜雪は黒い鑑識課のジャケットを着た女性、佐伯亜由美に尋ねた。佐伯は、パネルで囲った足跡に石膏を流しながら、返答を返す。
「まだ、見つかってないけど。多分近くにはないと思う。あの死体ね、傷口から血が流れてない。」
真下が怪訝そうな顔をする。
「つまり、足を切断したのは、被害者が死んでからって事だ。しかし、なぜ、片足だけ・・・」
手帳を片手に、少し考え込む。
「今の状況じゃ、結論出すの早いわ。もっと証拠が揃ってからじゃなきゃ。検死の話、聞いた?」
にやーっとしながら、長身で、黒髪をつんつんにワックスで立てた男、上杉真一が、真下と佐伯の間に割って入る。
「聞きましたよぉ、亜由美さん。被害者の男性の胸、首、太股、両目に2発ずつ銃弾による傷口がありました。で、太股の傷口から入った、銃弾が心臓付近で発見されたそうですよ。それが直接の死因だそうです。他の銃創は死んでからつけられたものだそうです。」
得意そうに上杉が、真下に報告すると、真下は、眉をひそめる。
「何でまた?太股からはいったんなら、何で弾が心臓から出るんだよ?」
再び、上杉が得意そうに、笑う。
「それはですね、太股にある太い血管が、弾を心臓まで流していったんです。流しそうめんの要領ですよ。血液が、心臓というポンプを使って、弾を押し流した。凄いですねぇ、人間って・・・」
「って、事は、太股の弾を受けたときには死んでなかった・・・。太股の大動脈を傷つけてれば、放っておいても数分で死ぬのに、何で、あんなに弾を撃ち込む必要があったの?犯人は、この男性を相当、憎んでたのね。」
佐伯は大げさに肩をすくめる。
真下は携帯を持ち出しながら、横目で佐伯を見た。
「取り敢えず、詳しいことが解り次第、報告を」
「了解」
佐伯は微笑みながら真下と上杉を見つめた。

「はい、真下」
携帯を開くと同時に、真下は声を発した。
「戸田だ、真下、お前この件から手を引け、大きな声じゃ言えないが、この件でお上から呼び出された」
「なぜですか?」
真下は怪訝そうに呟く。
周りを気にしているのか、真下の上司である戸田刑事部長は、小声で囁くように喋る。
「言えない、お願いだから早々に手を引いてくれ。鑑識も、お上の息のかかった者と入れ替わってるはずだ。」
真下は少しだけ怒りを込め、声を絞り出す。
「納得いかないっすよ、ここまで俺等が調べといて理由無しに今更捜査引き渡せなんて虫が良すぎます。」
上杉が先に乗り込んでいた、車の助手席に真下は体を滑り込ませる。
上杉は、真下の様子に気が付きちらっと見つめたが、黙って車を発進させた。

「どうしたんですか?」
真下が電話を乱暴に切った瞬間、上杉が尋ねる。
「お上の圧力に屈した部長から連絡だ、捜査を打ち切れって」
苛々とした口調で呟きながら、真下は携帯を胸ポケットにしまった。
「何か、理由はあるんですか?」
上杉は、ハンドルを握ったまま呟く、やはり少し怒りがこめられたような口調だった。
「聞いても、教えてもらえなかった」
真下は、頬杖を付き流れる景色を見つめながら、呟いた。
「俺は、あの殺され方に心当たりがある。ただのサイコパスの犯罪じゃねぇんだ、マフィアとか、そんな奴らが見せしめのために行う殺害方法で、残りの足は、殺されてからきっかり25日後に家族の元に送られてくる。」
「つまり、マフィアの・・・犯罪だと?」
上杉が車を駐車場に入れながら呟く。
「残念なことに、マフィアとは一点違った点があるんだ、ポケットにハートのクイーンを入れる。マフィア式ならそうなるんだけど、今回は、その痕跡がなかった。誰かがマフィアの手口に見せかけるために殺したんだよ。っと、この話はここでお開きな」
真下が微笑むと、上杉は頷いた。
そして真下と上杉の捜査は中止された。